しいたげられたしいたけ

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[自炊の余禄]創作を推進する最重要エネルギーの一つはパクリじゃないかということ(その1)

自炊は空き時間を見つけて少しずつ進めている。想像するほど効率のよい作業ではなく、また自炊した書物を再読する機会も、そんなにあるわけではない。ただし利点があるとすれば、検索可能になることである。出典がページまで特定できるのは、ありがたいことだ。OCR精度が100%ではないので、検索漏れが不可避といった限界はあるにせよ。

今回のタイトルに掲げた「自炊の余禄」とはそういう意味で、可能な限り出典をページまで含めて示したいと思う。

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「創作ができる人」と「できない人」の違いは何だろうと、ずっと考えている。私は「できない人」だ。また圧倒的多数が、そうだと思う。「才能のある人」と「ない人」と言い換えることもできる。それを言っちゃあおしめえよ、というやつだが。

多読したからといって、創作ができるようになるとは限らない。物語の構造分析やパターン分類をやっても同じだ。だがもともと創作の才能を持って生まれた人が、多読によって創作能力を目覚めさせたり伸ばしたりすることは、あると思う。

以下、今回も敬称略で失礼します。

私が夏目漱石の『吾輩は猫である』や『坊ちゃん』を読んだのは若い時だが、『三四郎』など中期三部作を読んだのは、恥ずかしながらだいぶ歳行ってからだ。「こんなの若い頃に読んで、居ても立っても居られぬほど情熱をかき立てられたら、どうするんだろうな?」などと思った。そしてなぜか唐突に思い出したのが、武者小路実篤の作品である。と言っても『友情』や『愛と死』くらいしか読んだことないけど。これらの作品は、ひょっとしたら、いや多分、武者小路が漱石を乗り越えようとして書いたんじゃないかと感じたのだ。ただしその根拠を他人に説明できるよう言語化しなければならないとなったら、漱石と武者小路をかなり念入りに再読せねばなるまい。

ここ数ヶ月で自炊した本の中に大野晋『日本語の教室 (岩波新書)』というのが含まれていて、その中に「漱石や森鴎外は『源氏物語』を精読していない」と断じた節があった(P115 第二部「(質問10)このごろ『源氏物語』を読むことが流行しているといわれますが、夏目漱石や森鴎外などは古典である『源氏物語』を読んで自分の文章にその影響を受けたりしたのでしょうか。」以下)。

同書では以下、漱石、鴎外の文体が漢文をベースとしていること、王朝期と明治期の恋愛観などメンタリティの違いなどを論拠に、少なくとも漱石や鴎外が『源氏』を精読していたことはなかろうということを、20ページ近くを費やして論じている。

だがおそらく、大野には「こいつら『源氏』読んでねーな」ということが、一瞬でわかったのだろう。しかしそれを他人に説明するためには、それだけの紙幅が必要だったのだろう。そういうものだと思う。 

何が言いたいかというと、以下、私の場合、論考抜きの「こう感じた」という薄い根拠で述べているにすぎない。早く言えば、初手から逃げを打っているわけだ。

日本語の教室 (岩波新書)

日本語の教室 (岩波新書)

 

さっさと本題、すなわち今回のブログタイトルの話をしなければならない。小説、マンガなどの創作を読んでいて、「このシーンはあの作品のパクリだ!」と確信めいたものを感じることが、よくある。

宮城谷昌光の出世作ともいうべき初期の長編『重耳』に、次のようなシーンがあった。重耳とは、中国古代の春秋期に覇を唱えた晋の文公の本名である。重耳の祖父は、武公と諡号される晋国の礎を築いた英主であるが、重耳の父・献公は、自分の父である武公の側室と密通し、重耳を孕ませる。史実はどうなっていたっけ? 『重耳』の物語世界では、そういうことになっていたのだ。

ともあれ、自分の寵妃が実子に奪われたことを知った武公は、最初にどうしたかというと、物も言わず息子・献公をしたたかに打擲したのである。

この部分を読んだとき、私は即座に思った。あっ、これは三島由紀夫『春の雪』のパクリだな、と。

『春の雪』は三島の遺作『豊饒の海』四部作の第一作で、明治末期の帝都を舞台とした、松枝侯爵家の御曹司である松枝清顕と、年上の令嬢、綾倉聡子との恋愛譚である。いろいろあって、清顕は、宮家への輿入れが決まっていた聡子と通じ、妊娠させてしまうのだ。我ながら雑な要約だな。

 その事実を知らされたとき、松枝侯爵はどうしたかというと、手にしていた撞球のキューで、息子・清顕をめった打ちにするのだ。

 父の喘ぎが言葉を弾ませているのを感じるやいなや、清顕はふりあげられたキューを避けて身を翻えそうとしたが、したたかな一打を制服の背中へ受けた。背中を庇おうとしてうしろへ廻した左手が、さらに打たれて急速に痺れ、頭へ来た次の一打が外れて、逃げ口の扉を探している鼻柱へ当った。清顕はそこの椅子につまずいて、椅子を抱くようにして倒れた。たちまち鼻血が鼻孔にあふれた。キューはそれ以上追っては来なかった。

『春の雪』新潮文庫(1977年) P307 改行位置変更しました。ルビ省略しました。

いっぽう、宮城谷『重耳』の文章はどうなっているかというと…あれ? 自炊してないやん!?  自炊していたというのは記憶違いで、BOOK OFFに持っていくかしてしまったんだっけ? 文章を引用して比較してみようと思ったのに、できへんやん。あかんやん。私がやろうとすることは、どこかこうして間が抜けている。

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

 

念のために繰り返すと、宮城谷が三島の描いたシーンをパクったんじゃないかというのは、私の想像意外に根拠がない。だから当然、間違っているかも知れない。

だが作家によっては、「あとがき」などに、「これは○○のパクリだ」という意味のことを明記していることも、またある。「パクリ」という単語を使っているわけではないにせよ。そのことについても書いてみよう。

この項続く。

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