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猿谷要『物語アメリカの歴史―超大国の行方』(中公新書)

物語アメリカの歴史―超大国の行方 (中公新書)

物語アメリカの歴史―超大国の行方 (中公新書)

私的には文句なしの五つ星。
前半はアメリカが建国から破竹の勢いで超大国にのし上がる過程を、アメリカが戦った相手側の言葉をふんだんに交えながらもコマ落としで描く。先住民(いわゆるアメリカ・インディアン)、フランス植民地、イギリス、スペイン、メキシコ、南部同盟政府、大日本帝国、旧ソ連。ちょっと違うけど黒人奴隷。とくにアメリカ・インディアンに関しては、著者もプロローグで「インディアンの歴史をふり返ると、いつも心が痛んでくる。インディアンたちがそれぞれの土地で作っていた組織が崩壊していく過程は、西部開拓の歴史のネガフィルムを眺めるようなものだ。悲劇という言葉が一番ふさわしいかもしれない」(p13)と述べているが、インディアンの側から見たら災厄以外のなにものでもないという気がする。
独立戦争のときには、すべてのアメリカ人が独立支持の一枚岩だったわけではなく「戦闘がもう始まっているというのに、大雑把に表現すれば独立支持派が三分の一、イギリス国王派が三分の一、残りは中立または無関心派が三分の一」(p56〜57)というありさまだったという。また南北戦争の時にも、南部と北部をすっぱりと色分けできるものではなかったという。
アメリカは、いつも反対者を力で圧倒する。力にはもちろん武力も含まれるのだが、フランスからぶん取ったミシシッピやメキシコからぶん取ったカリフォルニアなど広大な土地(もちろん元々はインディアンの土地)の隅々までに、鉄道を敷設し道路を建設し、本書には詳述されていないが電気を引き電信・電話網を張り巡らせヒコーキとラジオ・テレビ波を飛ばすどえらいエネルギーもまたアメリカの力にほかならない。
後半は第二次大戦後のアメリカで盛り上がった公民権運動に多くのページが割かれる。レイシズムのすさまじさも、それに反対したマイノリティのど根性も、我々の想像を絶するものがある。

白人にだけしか食事を出さないランチカウンターに、黒人学生が腰かけたまま動かない。一人の白人学生が同調して腰かけている。座りこみをしているこの数名の学生たちの周りに、大勢の白人たちが群がってきて、頭からトマトケチャップをかける。マヨネーズを塗りつける。罵りながら首筋にジュースを流しこむ。どんなことをされても、学生たちは非暴力で耐え続けなければならない。

(p205)
著者の次の言葉は、我々日本人全員が共有すべき問題意識ではないかと考える。

 ただ私でもよく分ったのは、何度か黒人のパレードに参加し、周りを白人の警官や州兵に取り巻かれてみて、この体が硬直するような緊迫感、しかもデモクラシーの国のなかで黒人が白人と同じ権利をもつだけのために通らなければならない危険なこの緊迫感を、とても日本人には分ってもらえないだろうな、ということだった。
 しかし、それはやむを得ないだろう。アメリカの南部と日本とは、遠く離れた異質な世界なのだから――私はそう考えていたのだ。だからその後わずか四半世紀の間に、日本企業が南部にもどっと進出し、遠く離れた異質な世界だと思っていた南部と日本が身近な関係になろうなどと、私には夢にも考えられなかったのである。その夢が現実のものとなったいま、南部が支払ったエネルギー、いやそのために全米が支払った膨大なエネルギーを、日本人が理解しないでいることは不安である。少なくとも理解しようと努力しないでいると、日本人自身がなんらかの形で報復を受けることになるだろう。

(p204〜205)
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