しいたげられたしいたけ

空気を読まない 他人に空気を読むことを要求しない

ウーゴ・チャベス、アレイダ・ゲバラ、(訳)伊高浩昭『チャベス―ラテンアメリカは世界を変える!』(作品社)

小児科医でありキューバ革命の英雄=チェ・ゲバラの娘であるアレイダ・ゲバラによる、ベネズエラ大統領=ウーゴ・チャベスに対するインタビュー集。インタビューが行われたのは2004年2月だが、その前々年(2002年)に勃発したクーデター未遂(4月)と石油ストライキ(12月)の余韻が跡を残して、行間にただならぬ緊張感がただようように感じられる。
チャベスは現職の大統領であり現に権力の座にある人物である。そのような立場の人間の発言を無批判に一方的に受け入れることはもちろん危険なことであるが、なにぶんベネズエラで起きていることは現在進行形であり、評価が定まった歴史的事件を学者や作家がわかりやすく解説してくれたものを読むことはできないのだ。
チャベスと敵対している相手は、本書では「国内寡頭勢力」と呼ばれるが、要するに植民地時代以来の支配層=特権階級で、彼らが農地・資源・生産手段の大半を独占し続けている。キューバを除くラテンアメリカ諸国では、コロンブス以来500年に及ぶ植民地支配の清算が、今まさに始まったばかりなのである。チャベス政権はじめラテンアメリカ諸国に次々と誕生している、いわゆる「左翼政権」とは、現にそこに存在する植民地的構造からの脱却を目指すものと理解している。本書において、チャベスが言及する人名は、マルクスは数えるほど、レーニンに至っては(私の見落としがなければ、だが)一度もなく、代わりに19世紀に活躍したラテンアメリカ独立の英雄=シモン・ボリーバルや、キューバの指導者=フィデル・カストロ(本書中では親しみを込めてファーストネームで「フィデル」と呼ばれることが多い)への言及が、実に多い。
2002年の石油ストライキ(というよりゼネストに近いものだったらしい)期間には、石油と天然ガスは全くなくなり、食糧も底をつきかけたが、キューバはじめ周辺諸国からは、食糧や燃料の支援が相次いで届けられたという(p32)。そもそも熱帯に位置し広大な農地・牧地を有するベネズエラが食糧輸入国であることが、どこかおかしいのだ。単純比較はできないが赤道と北回帰線の中間というほぼ同じ緯度にあるベトナムが、今や世界有数のコメとコーヒーの輸出国であるというのに(手元の地図帳を見ると、どちらも国土の過半はサバナ気候。ベトナム北部は温暖夏雨気候だが)。言うまでもなくその主犯格は大土地所有制度&不在地主&広大な放置農地の存在で、本書p72によると、一万ヘクタールの所有者不明の農地を政府が接取して農民に分け与えたところ、たちまち所有権を主張する地主が現れて裁判を起こし、裁判所は土地を彼らに返すよう国に命令したという(おおざっぱに言うと、現在のベネズエラでは、大統領は議会と軍それに地方自治体の2/3を握っているが、財界・裁判所・マスコミは反大統領)。
さらに埋蔵量世界5位(西半球に限って言えば最大)を誇る石油の産み出す富が、なぜベネズエラの人民を潤さなかったか、チャベス政権はそれをどう変えようとしているのか、というと…きりがないからこのくらいにしておこう。
それにしても、クーデター未遂やストライキなど幾度となく繰り返される反政府活動を次々と乗り切ってそのたびに政権基盤を強化していくチャベスの手腕はすごいと言わざるを得ないが、それ以上にすごいと思うのは、革命以来、半世紀近くにわたる孤立と超巨人=アメリカ合州国との全面的対立に耐え抜いて政権を維持してきたカストロの戦略である。アメリカが世界中に軍隊を送っている間、キューバはラテンアメリカ諸国はじめ世界中に医師を派遣している。ベネズエラで文盲一掃のための識字運動が始まると、キューバは100万冊の教科書と教師をベネズエラに送ったという(p76)。そういえば本書のインタビュアーのアレイダ・ゲバラも、その父のチェ・ゲバラも、医師である。
追記:
本書とは切り口が若干異なりますが、チャベス政権による改革については
「ボリーバル運動: チャベスの挑戦」
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/edit/otherla/bolivariano.htm
が、2002年のクーデター未遂事件については
「ベネズエラ…何が起きたのか?」
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/edit/otherla/chavez.htm
が、大変興味深く参考になります。
追記の追記:(1/29)
1973年のクーデターに倒れたチリのアジェンデも医師だ!