しいたげられたしいたけ

空気を読まない 他人に空気を読むことを要求しない

清水義範、西原理恵子『飛びすぎる教室』(講談社文庫)

シミズ博士とサイバラ画伯のコンビで続いてきた「お勉強シリーズ」最終巻なのだそうだ。これまでは理科×2、社会×2、算数、国語と、小学校の主要四教科を踏まえて刊行されてきたが、今回は「学校の授業で、ときどき先生がしてくれた雑談が、面白くて勉強の内容より記憶に残っている」ということで、教科書には出てこないが勉強になりそうな話題を集めたエッセイなのだという。タイトルはもちろんケストナーを踏まえて「話が飛びすぎる」ということからつけたのだそうだ。
先生、質問。つまりそれってノンセクションのエッセイってことではないですか?
…という野暮は突っ込みはおいといて、出てくるのは「幽霊の話」(第三話)、「奴隷の話」(第五話)、「墓の話」(第六話)、「天使の話」(第七話)、「聖書の話」(第八話)など、確かに学校の授業では、やりそうにないものばかりである。ただしノンセクションと言っても、どうしても内容には偏りと言うか特色が出るもので(悪いと言っているのではない)、イスラム教、キリスト教など宗教がらみの話が多いようだった。とくにイスラム教に関しては、著者がイスラム建築に興味を持つようになって、年に一度のペースで、トルコ、ウズベキスタン、イラン、シリア、ヨルダンなどに外旅行に出かけている(p17)のだそうで、「歴史の話」(第一話)、「旅行の話」(第九話)にも多くの言及がある。

話は変わるが、どこかで読んだか聞いたかした話で「なるほど」と思ったことがある。
日本の学校で教えないと言われるものの中に、「自分の権利が侵害されたときに、自分で自分の権利を守る方法」というのがあるんだそうだ。
給料やバイト代が支払われない場合は労働基準監督署、悪徳商法でとんでもない高額商品を売りつけられそうになったときには消費生活センターがある。生活保護という制度があること自体は社会科の授業で教えるが、どこへ行ってどういう手続きをすればいいか、ということまでは教えない。「法は権利の上で眠るものを守らず」という有名な言葉があるくらいで、当事者がアクションを起こさなければ法による救済はおこなわれないが、そもそも自分を守ってくれる法律の存在すら知らない人間がけっこう多いのではないか?
で、もう一つ困ったことに、「愛されなかった子どもは愛することができない」と言われるように、自分の権利が守られていることを知らない人間は、他人の権利を尊重することも恐ろしく鈍感になるものだ。そういう人間が、間違って偉くでもなった日にゃ、そいつの部下として働かなくてはならない人間にしてみれば、不運以外のなにものでもなかろう(これはしばしば実際にありそうなケースだよね?)。
多くの先進国ではそうでないと聞くが、実際のところは、どんなものなのだろうか?
追記:
とか何とか書いていたら、ちょうどたまたま手元にあった『マネジメント倶楽部』という薄い雑誌に、「未払い賃金を取り返せ!」という記事が連載されているのに気づいた。
勤務先ソフトハウスが倒産同然になって、60万円の賃金が未払いになっている相談者に代わって、取材班が勤務先や労働基準監督署に掛けあうという記事である。
1月号から始まって、最新号の2月号の連載二回目では、雇用者側にまるで誠意が見られないため、ついに少額訴訟に踏み切るところまでがレポートされている。こう言っちゃ悪いが「蜜の味」的で実に面白い。
『マネジメント倶楽部』は、知り合いの税理士さんから私のところに毎月送られてくる雑誌で、一般の書店で手に入るものなのかどうかは知らない。