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「南泉斬猫の公案」は「作者も正解を知らない謎」と考えると身も蓋もない説明がつかないか?

一ヶ月ほど前に書いたこのエントリーに関連して、唐突に思いついたことがあったので、新たなエントリーを起こしたくなった。

watto.hatenablog.com

三島由紀夫の遺作『天人五衰』には不可解な点が多いが、それらは作者の三島自身も正解を知らない謎と考えればいいのじゃないかということから始まって、エヴァンゲリオンシリーズに「謎謎詐欺」という悪口があること、『千と千尋の神隠し』以降の宮崎アニメが「謎ポルノ」に堕したのではないか等々といった妄言を書き連ねた記事である。「謎謎詐欺」と「謎ポルノ」という語は、「作者も正解を知らない謎」という意味のつもりで用いている。 

このエントリーには当初、『天人五衰』以外の三島の作品に「作者も正解を知らない謎」が出てきた例は思いつかないと書いたが、後で思い返したらそんなことはなく、一例として『金閣寺』で「南泉斬猫の公案」というのが何度か論じられていたことを思い出したので追記した。

「南泉斬猫の公案」はそれ自体が有名なもので、検索すればソースが出てくるが、今回の拙記事では『金閣寺』からの引用にて紹介する。

 読経のあとで、寺の者はみんな老師の居室に呼ばれ、そこで講話があった。
 老師の選んだ公案は、無門関第十四則の南泉斬猫〔なんぜんざんみょう〕である。
「南泉斬猫」は、碧巌録〔へきがんろく〕にも、第六十三則「南泉斬猫児〔みょうじ〕」、第六十四則「趙州頭戴草鞋〔ちょうしゅうずたいそうあい〕」の二則となって出ている、むかしから難解を以て鳴る公案である。
 唐代の頃、池州南泉山に普願禅師という名僧があった。山の名に因〔ちな〕んで、南泉和尚と呼ばれている。
 一山総出で草刈りに出たとき、この閑寂な山寺に一匹の仔猫があらわれた。ものめずらしさに皆は追いかけ廻してこれを捕え、さて東西両堂の争いになった。両堂互いにこの仔猫を、自分たちのペットにしようと思って争ったのである。
 それを見ていた南泉和尚は、忽ち仔猫の首をつかんで、草刈鎌を擬して、こう言った。
「大衆道〔い〕い得ば即ち救い得ん。道〔い〕い得ずんば即ち斬却せん」
 衆の答はなかった。南泉和尚は仔猫を斬って捨てた。
 日暮になって、高弟の趙州が帰って来た。南泉和尚は事の次第を述べて、趙州の意見を質〔ただ〕した。
 趙州はたちまち、はいていた履を脱いで、頭の上にのせて、出て行った。
 南泉和尚は嘆じて言った。
「ああ、今日おまえが居てくれたら、猫の児も助かったものを」
――大体右のような話で、とりわけ趙州が頭に履をのせた件〔くだ〕りは、難解を以てきこえている。

三島由紀夫 『金閣寺』 (新潮文庫) P65~66

まず引用箇所の直後、新潮文庫版P66に、老師による解釈が示される。すなわち仔猫は迷妄の象徴であり、南泉がそれを斬ったのは妄念妄想の断絶のためだったと。そして趙州が履を頭に乗せたのは、泥にまみれ人にさげすまれる対象物を頭上に頂くことによって菩薩道を示したのだと。

筋はまあ通っていそうだが、凡庸な解釈だという印象は否めない。作者がそうした効果を狙ったのであろう。

 

次に主人公溝口の友人で柏木という作中人物が、P142~143とP212~213の二度にわたり、自説を開陳する。柏木の説明を、初出のP142~の方に基づいて抄出する。まず柏木は、仔猫がたいそう美しかったという仮説を置く。だがその仔猫の体現する美と、仔猫の実在は別物だったと主張するのだ。ここで柏木は虫歯の喩えを用いる。痛みに耐えかねて歯医者に抜いてもらった虫歯を見て、こんなものが自分の苦痛の根源だったのだろうか、いや絶対に別物だ、とするのである。

南泉は、虫歯を抜くように美を剔抉〔てっけつ〕(という語を三島は用いた)するために猫を斬ったのであり、趙州が履を頭に乗せたのは、たとい猫は死んでも猫の美しさの根源は死んでいないじゃないかと諷するためだったと、趙州は虫歯の痛みに耐えるように美の存在に耐えるしかないと主張したのだと、柏木は説くのである。

プラトンのイデア論を髣髴とさせる議論だよね?

なおP212~213で柏木が二度目に「南泉斬猫の公案」を論じた際には、抽象度の高い語が多く用いられ難解度が増すが、内容的には同一のようである。

 

柏木の解釈は、本作の金閣放火、聖物破壊というテーマとダイレクトに通じるものがあり、納得度が高い。少なくとも先の老師の説明より、だいぶマシなものに感じられる。

しかし、この柏木の説明で、あるいはこれが作者三島自身の解釈かも知れないが、「南泉斬猫の考案」の最終的な解決が果たされたとは言えまい。やはり履を頭に乗せるという行為には、合理性が感じられない。

とは言うものの、こうした未解決の「謎」であれば、大いに歓迎したいと考える。絵画に陰影を描き加えるように、「南泉斬猫の公案」のエピソードが挿入されることにより、物語の風貌にがぜん深みが増すのである。

1月2日付の拙記事 には、「作者も正解を知らない謎」がアリの例として、ジェイコブズの恐怖短編小説『猿の手』をほのめかせた。サルの手の最初の持ち主はどうなったか、サルの手を主人公に手渡したモリス曹長はどんな願いごとをしたのか、おそらく作者自身も知らないだろう、つか考えていないだろう。しかし物語序盤に登場するこうした「謎」の存在が、物語全体に陰影を与え、物語を読み進める読者の不安と恐怖を増幅させるのである。なお『猿の手』の日本語訳は、ネットではこちらで全文が読めるようです ↓

http://f59.aaacafe.ne.jp/~walkinon/monkey.html

 

さてようやく本題。「作者も正解を知らない謎」がアリの例に、『金閣寺』を加えてもようさそうだということを考えながら、「南泉斬猫の公案」についても自分なりに再考してみた。そうしたら、あっけないというか身も蓋もないというか、そんな解釈が浮かんだ。 

金閣寺 (新潮文庫)

金閣寺 (新潮文庫)

 

期せずして私は「作者も正解を知らない謎」という、いわばラストから逆順にこの話をたどることになった。この公案の場合、作者とは誰か? 南泉が趙州と対話したとき、余人がいたとは書いてない。いたかも知れないが不自然である。すると趙州が履を頭に乗せて帰ったあと、南泉が「猫を斬らずに済んだ」とつぶやいたことを知っているのは、南泉本人以外にいないことになる。「南泉斬猫」の物語は、のちに南泉自身が語ったことを記録したものであろう。

そうすると、趙州が履を頭に乗せて帰ったというのも怪しいものだ。趙州には、何か風変わりなことをさせればよかった。「ヘンなおじさん」を歌ってカチャーシーを踊りながら帰ったことにしてもよかった。とにかく南泉は、自分が猫を殺さずに済んだ可能性を作っておきたかったのだ。

なぜか? 南泉は単に、東堂と西堂の争いを止められなかったので猫を斬ったのではないか? 逆上して猫を殺したにすぎないのではないか?

そして南泉は内心その行為を激しく後悔した。殺生は破戒であるし、可愛い仔猫を斬ることは、誰だって気持ちのいいものではない。

だから弟子の趙州に何かヘンなことをさせて帰すことは、自分の行為に隠れた意味があることをほのめかすという韜晦だったのではないか? すなわち履を頭に乗せるという行為自体の意味は、南泉自身も知らなかったつか、考えていなかったのではないか?

都合のいいことに仏教には「悟り」という究極の目的があり、この目的のためには大抵のことが正当化されるのだ。おお、『臨済録』の有名な文句「仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し≪中略≫始めて解脱を得ん」は、『金閣寺』中にも引用されているではないか!(P141、253)

なんか高名な高僧を、えらくつまんない奴にしてしまった。あくまで私個人による一解釈です。

 

つまんない奴といえば、『金閣寺』の柏木に対しては、私は初読時から「こいつ、つまんない奴だな」と感じていた。例えば柏木の下宿には、「未知の世界へ、あなたを招く!」というコピーが躍る日本アルプスのポスターが貼ってあり、そのコピーが大きくバッテンで消されていて「未知の人生とは我慢がならぬ」と柏木の字で書いてあったという(P111)。なんでそんなことするんだ? 我慢がなろうがなるまいが、未知の世界も未知の人生も、厳然として存在するのだ。

主人公の溝口が、金閣放火という大事件を起こしたあと、柏木はどうなったのだろう? 案外うろたえて、知人たちの前から姿をくらましたのではなかろうか? 仮にそうだったとしても、責められるべきではあるまいが。

 

追記:

dk4130523(id:cj3029412)さんから言及をいただきました。感謝しつつ勝手ながらリンクを貼らせていただきます。

くそっ、悔しい! わかっているんだ。私には、ある種の文学的感性が、それを持っている人々に比べて決定的に劣っているのだ。彼らには感じられても、私には感じられないことが山ほどあるのを知っているのだ! わかってはいるけど、どうすることもできない(`;ω;´)

dk4130523.hatenablog.com

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