🍉しいたげられたしいたけ

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板東英二『プロ野球知らなきゃ損する』や江本孟紀『プロ野球を10倍楽しく見る方法』のような本がベストセラーになることはもうないのではないか?

板東英二『プロ野球知らなきゃ損する』(青春出版社) に関して、もう少し語りたくなった。

実はこの本をくれた人とは、その後お話をする機会があった。「はてな」のIDを書いてもいいのだが、過去にプレゼントをいただいたことを書いた記事では、送り主は書かなかったので。今回じゃないけど、いただいた経緯にデリケートな事情を含むケースもあったのだ。

お礼をいいがてら、なぜこのチョイスをしたのかダイレクトに質問してみた。やはりこの時期に思い入れが深かったことに加えて、今の時代、著者の肉声が聞こえてきそうなメディアって少ないでしょ、とのことだった。

確かに昨今であれば、プロ野球人気選手のゴシップやエピソードを集めようと思ったら、真っ先に「まとめサイト」あたりを検索するのではないか。匿名の書き込みからは肉声は聞こえないですね、なんて話でひとしきり盛り上がった。

 

前回の拙記事に書いた通り、『プロ野球知らなきゃ損する』には1980年代前半の現役人気選手や、著者が現役だった時代(ジャイアンツV9期とかなり重なる)のスタープレーヤーが実名で登場する。長嶋、王、金田らとの絡みのエピソードは、著者の面目躍如を感じさせる。今回も敬称略で失礼します。

特に今でいう「天然」の長嶋や、人格者と言われた王に関する記述に比べると、金田との対決は遺恨とも言うべきものを感じさせ、それがいいのだ。

 

例えばこんな調子だ。1983(昭和58)年『夢のスーパースターゲーム』というのがあって、“みんなが選ぶ、一般公募” という新聞広告が出たのだそうだ(本書P138~)。

著者の坂東は、当時テレビとラジオに週18本(!)のレギュラー番組を持っていたという。

それらをフル回転させ、のみならずコネのある番組には片っ端からゲスト出演させてもらって、自分への投票を呼び掛けたそうだ。選挙運動である。

それを察知した「天皇」こと金田は、ダイレクトな反撃に出たという。すなわち主催者に、こう言って圧力をかけたのだそうだ。

「名球会にはいっとる選手やなきゃ、あかんで。もし、はいっとらんやつが出るんやったら、名球会はおりるで」(P140)

ちなみに著者は通算77勝。本人は折につけ卑下するが、プロでこの数字は素晴らしいと思う。しかし名球会入会資格の200勝には届いていない。念のため。

中間発表では投手部門1位金田、2位坂東。投票締め切り日の最終結果発表前に坂東が主催者に電話で問い合わせたところ

「坂東さんがトップです」(P141)

ところが結果発表が予定時刻より2時間延び、4時間延び、ようやく発表された最終結果によると、著者は2位になっていたという。

納得のいかない著者は、発表された数字を調べた。すると、次のような疑惑が浮かび上がった。投票システムはセ・リーグ9名、パ・リーグ9名を書かなければ無効になるというものだったが、発表された各選手の得票を合計しても、同じ数にならなかったという。著者は「何かあったのは明白ですやん」(P142)と書く。

真偽のほどは不明である。

弊ブログにおいて、私は基本、旗幟鮮明を心掛け「どっちもどっち」という立場は取らないと書いている。しかしこれは、どっちもどっちと言いたくなる。 テレビやラジオの番組を私物化した選挙運動って、そもそもいいの?

 

名指しこそしていないものの、読めば金田のことだとわかる箇所も、いくつかある。例えば「名球会の御大」たる「某大投手」と、敵軍コーチの会話として…

「きょうの先発誰や?」

「きょうか? 村山や。調子ええで、タマが走っとるわ」

「ふーん、で、明日は?」

「まあ、小山やろな。ふたつ続けていただきや」

「そうか、ほな、わしの先発は3戦目やな」

(P144)

本書が発売された後、金田と著者が直接対面した機会はあっただろうか? 誰か証言残してません?(^_^;

 

これに比べると、長嶋や王とのエピソードには、親しみの情が感じられる。少なくとも遺恨のようなものは感じられない。

1974(昭和49)年は、20年ぶり2度目のリーグ優勝を目指すドラゴンズとV10を狙うジャイアンツが激しく争っていた年であるが、歌手を変え歌詞を変え繰返し東海地方住人の耳を浸潤することになる『燃えよドラゴンズ』の最初のバージョンが発売された年でもあった。歌手は著者の坂東である(改めて、なんちゅう多才な人だ!?

長嶋は著者を目の前にして、こう述べたという。

「知ってるだろ? ねぇ、知ってるだろ? この歌、調子がいいネ。覚えやすいよ。実は、これネ、前に中日にいた坂東君、そう、彼が歌ってるんだ。彼は器用だよ。そう思わない?」(P36)

周りにいた記者は爆笑だったそうだ。

著者は、たった77勝の投手なんか記憶にないですよね。でもオールスターで会ったやないか、逆転満塁ホームランだって打たせてあげたやないの、と拗ねてみせる。だが遺恨じゃないよねコレは。

 

思うに長嶋ほど伝説を残したプレイヤーは、空前絶後だろう。周防正行監督の『シコふんじゃった』は、大学の体育会の雰囲気を見事に描き出した映画で、個人的には『Shall we ダンス?』より好きかも知れない。『シコふんじゃった』中には、登場人物同士の会話として「ミスター伝説」というのが出てくる。大学で同級生の持っている英和辞典を見て「英語と日本語が書いてあるのか? へぇ、便利な本だね」と言ったとか言わなかったとかいった類のものである。同作品中では「ミスター」としか言っていないが。

そゆえば長嶋のことを「天然」と書いてしまったが、「天然」とか「宇宙人」とかいう今風の形容はそぐわないよね。ミスターはあくまでミスターなのだ。「ミスタージャイアンツ」(= 巨人軍を代表する選手)という語源が忘れ去られてしまうほどに、ミスターはあくまでミスターなのだ。

英和辞典のエピソードこそないが、『プロ野球知らなきゃ損する』中には長嶋に関するエピソードがたくさん採録されている。ウィキペの出典にはうってつけかも知れない。

 

しかしトゲトゲを感じさせるにせよ和やかなものにせよ、こうした文章は「金田と坂東」「長嶋と坂東」…という個性と個性のぶつかり合いの中からしか生まれないことは確かだ。先行してベストセラーとなった江本孟紀『プロ野球を10倍楽しく見る方法』(ワニの本) であれば、江本と当時の人気選手たちとのシナジーである。「まとめサイト」からは、決して生まれない種類のものであろう。

送り主さんが「著者の肉声が聞こえない」と嘆いたのは、そういう意味のことだと思う。

 

ちょうど先週土曜日(9/7)の朝日新聞書評欄に江本が登場し、新刊『高校野球が10倍おもしろくなる本』が紹介されていた。ちょっと調べたら、江本の新刊は毎年のように出続けていたのだな。

digital.asahi.com

酷暑問題、連投問題に始まる高校野球の抱える諸問題に対する江本の視点は興味深かったが、悪いけど正直言って食指が動くまでは行かなかった。

 

プロ野球のTV中継も激減したし、「時代が変わった」と感じる。

私事だが1980年代前半は関西に住んでいた。当時、関西では、サンテレビの製作する阪神戦の完全中継というのが見られた。時として3時間を超える中継を、最初から最後まで見てしまったことも、最低1度はあったと記憶している。1度どころじゃなかったか。

今だと下手するとYoutubeの番組が10分でも「長いな」と思ってしまいかねない。

こうした感覚の違いって、何だろう…?

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