しいたげられたしいたけ

災害時のデマ、絶対ダメ!

26~32年くらい前にプリントした大量の写真をスキャン後シュレッダー破棄した

12月12日付公開の拙エントリー中で 台所の蛇口のパッキンを交換した 旨を記した。

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工具のアンギラス(大型プライヤー)を取り出すとき、そばに保管してあった贈答用の海苔の箱に入った大量の写真が目に入った。

そういうものを死蔵していることは認識していたが、なんとなく勢いで処分してしまおうと思った。この時に限ってなんでそういう気分になったのは自分ながら謎だが、気まぐれというものはそういうことだろう。

 

中味を改めると、思っていた以上に謎だった。いずれも私の撮った写真ではない。いずれも当時、幹事みたいなことをやっていて、私が保管することになってそのままになっていたものであろう。断定できないのは、経緯をよく覚えていないからだ。

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井上ひさし講演会の写真155枚(1995/11)

当時、参加していた名古屋市内の民間読書会が主宰したものだった。

つか私がこの読書会に参加するきっかけは、この年の春、秋に予定されていた講演会の広告チラシを受け取ったことだった。ところが参加するようになったら受け入れ準備がぜんぜん進んでいないと知らされ、当時サラリーマンをやっていた私が「出張準備のつもりでやればいいだろう」とお手伝いを始めたところ、入会早々幹事の一人みたいになってしまったのだった。

後から考えると反省点が多くて、思い出し恥ずかしがりばかりしているのだが。

 

保管していた写真は私が撮ったものではない。少なくとも2人以上のカメラを趣味とする会員が撮りまくったものだ。当時はデジカメがまだ普及しておらず、高そうな一眼レフだったように記憶している。

今と違ってその場で写り具合を確認できないから、手ブレていようがピンボケていようが、とにかくDPEに出して確認するしかなかった。

それに加えて慣れぬ有名人を目の前にカメラマン会員たちも舞い上がっていたのであろう、同じような角度から同じような写真を、それこそ何枚も何枚も撮っていたのだった。

ぜんぶ合計すると155枚残っていた。

肖像権の問題があるから、人物が明らかに判別できるものは載せない。主催者から何人も挨拶に立ったので、壇上にいるのが 井上ひさし 氏とは限らない。

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つか控室に入る段階から、こんな間近から撮って失礼だったんじゃないかと思わざるを得ない写真が何枚も何枚もあった。

講演会本番に入ってからも、会場内をあちこち移動しながら2時間ほどの間シャッターを切りっぱなしだったようで、あとでアンケートを回収したところ「ウルサイ! と注意すればよかった」と書いてあったものもあり、カメラマン会員氏自ら「写真を撮るのは開会後一定時間だけで、あとは自粛し清聴するのがマナーだったようだ」と反省していた。

 

講演内容に関してちょっとだけ書くと「戦後50年ー私の読み方、数え方」というのは主催者が適当に決めた仮題そのままだったそうで、内容は広島・長崎に投下された原爆の話であり、相前後して発表された傑作戯曲『父と暮せば』につながるものだった。

追記:

蛇足だけど言わずにはいられない。新潮文庫の作品紹介、ネタバレじゃないか!

うちのブログでは何度かボヤいているけど、新潮文庫はたまにヘンなことをする。

 

昔在籍した職場の社員旅行の写真105枚(1990/3)

これも撮ったのは私じゃない。他の人が幹事をやっていて、その人が長期出張か何かの理由で後始末を私が引き受けさせられたんじゃなかったかな。よく覚えていない。

浜名湖岸のホテルの宴会場の写真が主で、バス移動中の車内写真もあった。なぜか観光地の写真は、あまりなかった。

私が撮ったんじゃないことは確かだ。今も昔も、一眼レフなどまともなカメラを持ったことがないからだ。昔だったら写ルンです、今ならコンデジやスマホカメラがせいぜいである。

105枚のうち十数枚、2割近くは劣化が始まっていた。こんな感じ。写っている人物の特定を避けるための画像処理、要らないじゃないか。

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劣化していない写真は、こんな感じ。もちろん個人の顔が鮮明に写っているもののほうが多い。そう言えばあの頃はフジカラーの「百年プリント」というのが有名ブランドだったな。

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今だったら確実に問題になりそうな長時間労働が、とりたてて問題視されず横行していた時代で、飲み会や社員旅行はそのご褒美みたいな位置づけだった。

私はアルコール強い方じゃないがそれ以上に飲み会という場が苦手で、まだ長時間労働のほうが抵抗感少なかった。経営悪化などいろんな事情があってこの職場は何年かして退職してしまったが、どのみちサラリーマンという稼業は向いてなかったように思う。

 

飲み会がどう苦手かというと、そうした場での自分の言動を、あとから反省してしまうのだ。

具体例を示したいところだが、さすがに当時の詳細は覚えていない。

 

紙アルバムも何冊か出てきた。ビニールの上にマジックで番号が書いてあって、裏表紙に注文する人の氏名と枚数が書き込んであった。

なんで残してあるんだろう? もちろん全部廃棄。

 

昔在籍した職場の野球大会の写真82枚(1989/5)

なんで私が持っているのか一番謎の写真たちだ。

職場の近所の町営グラウンドで開催されたもののはずだが(勤務していた工場は郡部にあった)、私は何かの都合で参加していなかった。休日出勤か何かじゃなかったかな?

 

参加メンバー一人一人がバッターボックスに立って、スイングをしている場面の写真がいちばん多かったが、人物の特定できないものを。

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これじゃ何のことか状況がわからないから、少しは人物の姿が写っているものも。ご覧の通り、ユニフォームもない草野球である。

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これでも何のことかわからないな。UFOでも見つけたのだろうか?

 

ドキュメントスキャナ―ScanSnapで読み取り後、電動シュレッダーでバリバリと破砕した。ScanSnapは名刺にも対応しているから、読み取りには何の問題も感じられなかった。電動シュレッダーは7年ほど前に買った、ホームセンターの店頭でいちばん高いやつだったが(それでも3,000円台だった)、PPC用紙なら5枚までというスペックにも関わらず、DPE写真は少し厚いのか3枚まとめてフィードすると苦しい感じだった。

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むしろ人の顔の写った写真を破砕する心理的抵抗感のほうが強かったかも知れない。

そこそこの分量が排出できたから、まあまあいい廃棄作業ではあったが。

 

そんなことはないだろうが、もし当時の関係者が弊ブログを見ていて「どうしてくれるんだ! 復旧しろ」と文句を言われることがあったら、pdf化したデータからいつでもプリントアウトできること、DPE写真のまま置いておくことのほうがよっぽど劣化が早いことを弁明するつもりである。

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