中華人民共和国と大韓民国の国交正常化は1992年と、意外なほど新しい。朝鮮戦争における直接の交戦国同士であるから、無理ないとはいえ。
その少し前の1980年代、京都大学の工学部は多くの国から留学生を受け入れていたが、中韓両国からの留学生が比較的多かった。10人程度の研究室(学部の定員6名、大学院修士課程の定員各学年4名、博士課程若干名)に別れ、どの研究室にも留学生がいたわけではないが、多いところでは中韓各1人の留学生がいた。
特徴的だったのは、どこも中国からの留学生と韓国からの留学生の仲が、目立って良かったことだ。
外部施設の見学会などイベントがあると、たいてい行動を共にしていた。
同じような光景が、きっと日本の多くの大学の各学部で見られたことだろう。
日本人が英語を話すときよく体験することだが、ネイティブと話をするより第2言語話者同士で話すことのほうが楽なことが多い。おそらく日本語にも、そのような現象があるのだろう。
あまり愉快な想像ではないが、マジョリティである日本人学生の間から彼らが疎外されていたという側面が、ひょっとしたらあっただろうか?
ともあれ多額の費用をかけて海外で学んだ彼らが、それぞれ帰国してどこかの組織で重要なポストに就いた事例は少なくないと思われる。
もしもそういう元留学生同士のネットワークが、国交正常化のような重要な国際イベントにおいて陰で何らかの役割を果たしていたとしたら、この上ない光栄だと感じる。そう思いませんか?
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
日本国憲法 前文より
そして地域の安定は、日本の国益に直結する。これはいくら強調しても強調し足りることはない。
残念ながら我々を取り巻く国際社会において、武力紛争は今なおどこかで続いている。直接の交戦はいわば最後にして最悪の事態であり、そこに至る前にソフトパワーにより予防的に鎮めることこそが求められる。また経済的にも、それが最も効率的である。戦争は(最大の殺人、最悪の人権侵害、最悪の環境破壊、最悪のストレス、最悪のハラスメント…であると同時に)最大の浪費でもある。
停戦・和平というプロセスにおいても、非軍事的ソフトパワーが必要不可欠であることもまた論を待たない。
留学生による国際ネットワークの構築は、そのような有効なソフトパワー実現の一手段ではなかろうか。実証は容易ではなさそうだが、卒業者名簿というものがあるのでもし誰かが手間を惜しまず連絡を試みインタビューを重ねれば、ある程度の追跡と検証が可能ではないかと考える。
少なくとも留学生支援は、戦闘機やミサイルを購入するより、はるかに安上がりである。えっ、核兵器が安上がり? 寝言は寝てから言え! あれは他になんの使いみちもない大工場を何棟も建設する必要があり、また核実験が不可欠なのだ。こんな活断層だらけの国で、どこで実験するというのだ??
文科省が留学生を対象から外すことを検討している「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」は、2021年度という比較的最近の発足であり、また数ある支援制度の一つではあろう。
それでも影響を受ける留学生は皆無ではあるまいし、それは貴重なネットワークにハサミを入れる行為に他なるまい。
文科省の方針を、深く憂慮する次第である。
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