目次 各「その1」のみ クリックで詳細表示
(13) 第3景【鎌倉編】馬借・欠七(1/2)
(15) 第4景【現代編】個室病棟にて(1/2)
(17) 第5景【鎌倉編】ボクの無双(1/2)
(19) 第6景【鎌倉編】被差別集落(1/4)
(23) 第7景【鎌倉編】霊感商法(1/5)
(28) 第8景【現代編】ボクシング(本稿)
(29) 第9景【鎌倉編】地頭・稲田(1/2)
(31) 第10景【現代編】哲学者
(32) 第11景【鎌倉編】心霊教ふたたび
(33) 第12景【現代編】裵〔ペ〕デスク
(34) 第13景【鎌倉編】刺客
(35) 第14景【現代編】守衛
(36) 第15景【鎌倉編】大団円(1/4)
(40) 第16景 鎌倉編の後始末
(41) 終景 現代編の後始末(1/3)
新着お目汚しを避けるため、日付をさかのぼって公開しています。体裁にこだわらず頭の中にあるものをダンブしている、という意味です。 あとからどんどん手を入れる予定です。前回はこちら。
現代日本の個室病棟。「第4景」とは別の日で、この日はベッドの道大の横には、妻の真琴と見舞いに来た裵〔ペ〕だけがいる。道大の頭の包帯は、なくなっている。
ぐうぜん話題が、道大のボクシングの件になっていた。
裵「意外だな、猪飼くんがボクシングをやっているとは」
真琴「弱いんですよ」
裵「身内とはいえ謙遜や卑下は、行き過ぎると傍ら痛いよ」
真琴「あっ、ごめんなさい。でも本当なんです。たまたま通える距離にあるジムが練習生を募集しているのを見つけて、私に "通っていい?" って訊いてくるので "私が断る理由なんてないんだから、通いたいんだったら通えばいいよ" と答えたんです」
裵「ふむ…」
真琴「そうしたらそのジムには、ボクササイズをやる "練習生" とプロテスト受検に備える "受検生" がいて…もう少し違う言い方だったようですけど、わかりやすく言ってます」
裵「…」
真琴「練習生のトレーニングはわりと緩くて、トレーナーさんたちもリラックスしてるんですけど、受検生のトレーニング時間になると空気がいきなりピリっとして、ぜんぜん別の空間のようになってしまうんだそうです」
裵「さもありなん、だな」
真琴「受検生さんたちの多くは道大より年下で、オフでは道大のことを "先生、先生" と立ててくれるそうですけど、トレーニングが始まるとまるで肉食動物と草食動物、これが同じ人間かと思うくらい表情が変わるんだそうです」
裵「へぇ…」
真琴「道大はつねづね "プロテスト受検生でこれだったら、プロボクサーはいったいどんなレベルなんだろう" と言ってます。ジムの会長さんも "一般の人に練習生として広く門戸を開いているのは、大晦日の世界タイトル戦に登場するような選手たちが、どれほどの高みに達しているのかわかってもらうには、自分でボクシングを体験してもらうにしくはないからだ" と言っているそうです」
裵「どんなジャンルでも、そういうことは、あるだろうね」
真琴「それと道大は "万一格闘技のプロとケンカしたら絶対に勝てないから、逃げるしかない" とも言ってます」
裵「それは私もそうだと思う」
真琴、ベッドに道大を見やりながら
真琴「だいたい道大はボクシングが好きといっても、それは現実のスポーツとしてのボクシングというより、フィクションの素材としてのボクシングが好きなんですよ」
裵「ほう、それは?」
真琴「オタトークというやつで、道大が私に "聞いて聞いて" と言ってきて "いいよ、聞いてやる" と答えようものなら、1時間でも2時間でもしゃべり続けるんですが…具体例を挙げた方が早いと思います。シルベスター・スタローンの映画『ロッキー』はご存知ですよね」
裵「ああ、もちろん」
真琴「シリーズ第一作にアポロ・クリードという作中人物が登場したとき、映画館の観客はみな、一瞬で悟っただろうって」
裵「アリだ! 当時の偉大な世界チャンピオンだったモハメド・アリが出てきた、と思ったんだね」
真琴「デスクもご存知だったんですね。『ロッキー』第一作には、実話の元ネタがあったんだそうで…(真琴、スマホをちょっといじる) 当時アリは33歳で、2度目の世界王者獲得後はじめての防衛戦だったそうですけど…」
裵「伝説のジョージ・フォアマン戦 "キンシャサの奇跡" の直後だね」
真琴「ごめんなさい、私は詳しくないんです。とにかく、いろんな経緯があって挑戦者に選ばれたのは当時35歳のチャック・ウェプナーという選手で、昼は酒屋で、夜は警備員として働きながらボクシングを続けている人だったそうです。今の道大とほぼ同い年です」
裵「そうだね」
真琴「下馬評ではアリの圧勝、口の悪い人はウェプナーのことを "噛ませ犬" とまで言ったそうですけど、試合当日のアリは傍目にもコンディションが悪かったこともあり、決して器用なボクサーと言えないウェプナー相手に苦戦したそうです」
裵「映画ではスタローンが、見るからに不器用だけど一発当てたら破壊力抜群というボクサーを、見事に演じたよね」
真琴「そうです。そして (またスマホをちょっと見ながら) 9ラウンドでしたっけ、ついにアリからダウンを奪ったそうです」
裵「うん」
真琴「本人も観客も "もう一度ダウンを奪えたら、もしかしたら" という期待を抱いたんですけど、これが逆にアリの闘志に火をつけて、華麗なフットワークとコンビネーションで容赦なくウェプナーから余力を奪って…」
裵「…」
真琴「ウェプナーは "勝つ" ではなく"15ラウンドまで戦い抜く" ことを目指したんですけど、ついに最終15ラウンドでダウンを喫し、試合終了まであと4秒というところでノックアウトが宣せられたそうなんです」
裵「…」
真琴「道大ときたら、"だから『ロッキー』一作で主人公ロッキー・バルボアが最後までリングに立っていたのはいいとして、二作でアポロに勝っちゃいけなかった、三作でアポロのフットワークを習得しちゃいけなかった、なにより四作でアポロを殺しちゃいけなかったんだ!" って」
裵「道大くんらしいな」
真琴「そうなんですよ。ちなみに三作の対戦相手役を演じた人は、えっと…」
裵「ミスター・T。直後に『特攻野郎A』チームの "コング" 役でも当たりを取り、そして四作のドラコ役はアクション俳優として名をなすドルフ・ラングレン…」
真琴「そうそう、それも言ってました。デスクもそっち側の人でしたよね」
裵「なんだその "そっち側" って」
真琴「とにかく批判の体をとりながら内実は大絶賛、私相手にしゃべりながら涙目ですよ、涙目」
裵「それをちゃんと聞いてあげる真琴さんも、私はえらいと思うよ」
真琴「そんなことは…もっと褒めてください」
裵「えらいえらい😓」
真琴「『ロッキー』だったらまだいいんですけど、『あしたのジョー』の話を始めた日には…」
裵、何ごとか察しつつ「うわっ」
真琴「"絶対あんなことあるはずない" と言いながら、貶してるんだか褒めてるんだかわからない話題が、次から次へと出るわ出るわ」
裵「梶原一騎の考えた必殺技で、実現可能だったのはクロスカウンターと辰吉丈一郎がやった "ノーガード戦法" くらいだと言われている」
真琴「デスクはこちらもご存知なんですね」
裵「『ジョー』は、ある年代以上には常識みたいなものだった」
真琴「道大によると "ダブルクロス、トリプルクロスは人間の反射神経では不可能だ" って。それから、サウナを使った減量ですとか」
裵「東洋太平洋チャンピオン金竜飛とのタイトルマッチか」
真琴「それだと思います。"減量中のボクサーがサウナに入っても汗なんか出ない、コンディションをこわすだけだ" って」
裵「そりゃそうだ」
真琴「そんなで悪口を言ってるのかなと思ったら、だんだん感情移入して高揚していくんです。今思い出したところでは、ジョーが最後のホセ・メンドーサとの世界タイトルマッチの前に、警視庁音楽隊が『君が代』を演奏するのを見たトレーナーの、えっと…」
裵「丹下団平。"ドヤ街で自分を追っかけまわしていた警察に、今は自分のために国歌を演奏させてやがるんだ" 」
真琴「これもご存知だったんだ。そして後に現実で、大相撲の "つっぱり大関" として知られた千代大海関、今の九重親方が故郷の大分で優勝パレードをしたときに、パレード隊列が白バイに先導されたことを知って…」
裵「一晩でも終わらなさそうだね」
真琴「一晩じゃ終わりませんよ。『はじめの一歩』の話、させますか?」
(この項つづく)
※ リアル作者注
『ロッキー』に関するエピソードは 7月23日付拙記事 同様、主に林壮一『マイノリティーの拳: 世界チャンピオンの光と闇』に依拠しましたが、google:アリ対ウェプナー で検索すると諸説ヒットして興味深いです。
追記:
続きです。



