目次 各「その1」のみ クリックで詳細表示
(13) 第3景【鎌倉編】馬借・欠七(1/2)
(15) 第4景【現代編】個室病棟にて(1/2)
(17) 第5景【鎌倉編】ボクの無双(1/2)
(19) 第6景【鎌倉編】被差別集落(1/4)
(23) 第7景【鎌倉編】霊感商法(1/5)
(28) 第8景【現代編】ボクシング
(29) 第9景【鎌倉編】地頭・稲田(1/2: 本稿本稿)
(31) 第10景【現代編】哲学者
(32) 第11景【鎌倉編】心霊教ふたたび
(33) 第12景【現代編】裵〔ペ〕デスク
(34) 第13景【鎌倉編】刺客
(35) 第14景【現代編】守衛
(36) 第15景【鎌倉編】大団円(1/4)
(40) 第16景 鎌倉編の後始末
(41) 終景 現代編の後始末(1/3)
新着お目汚しを避けるため、日付をさかのぼって公開しています。体裁にこだわらず頭の中にあるものをダンブしている、という意味です。 あとからどんどん手を入れる予定です。前回はこちら。
(主人公「ボク」による語り)
危機的な状況に陥った時には、孤立してはダメだ。
とにかく誰か人と相談すべきだ。
これは「逃げる」と並んで、個人ができる危機管理の基本だと考えていた。
だがこの時代で、ボクが相談できる相手は限られている。まずは紫雲寺の西明住職に、事情をぜんぶ打ち明けて相談してみた。
住職は、郡司と地頭を提案してくれた。郡司は行政、主に徴税をつかさどる。地頭は治安・警察をつかさどる。前者は京都の朝廷から、後者は鎌倉幕府から派遣されている。
ややこしい二重権力の時代だ。
郡司の後藤左官とは、ちょっとだが面識があった。ぶっきらぼうで、明らかにこちらを見下していて、いい印象はなかった。その経緯は (14)第3景【鎌倉編】馬借・欠七(2/2) 参照を。
今のこの地方の地頭は、関東から派遣された稲田十郎五郎という人物だそうで、ボクはまだ会ったことがなかった。
住職は「紹介状を書いてやろう」と言ってくれた。「心霊教だったら、やはり地頭だろう」とも言ってくれた。心霊教のことは、住職も知っていたようだった。
さっそく翌日、住職の書いてくれた書状を持って地頭の屋敷に行った。住職の書状は "達筆" というやつで、ボクには読めなかった。秘書インコに解読を依頼したら読んでくれたかも知れないが、そこまですることもなかろうと思った。
取次の人に書状を渡したら、すぐに屋敷に通してくれた。地頭の稲田氏は40代はじめくらいの男性で、直垂〔ひたたれ〕と言うんだっけ、武家の平服を着用していた。
驚いたことに、ボクを好意的に迎え入れてくれた。
稲田「紫雲寺の善信坊さまですね。まずはお礼を言わねばなりません」
ボク「えっ?」
稲田「神人頭〔じにんがしら〕の金老人から聞きました。娘の供養をしていただいたそうで」
ああ、幼子のなきがらを川に流すところを見て、阿弥陀経を読誦したことがあったんだった。(19)第6景【鎌倉編】被差別集落(1/4) 参照。
ちなみに "神人" というのは神社の下働きをする者のことだが、人の嫌がる仕事を任されることも多く、時として"犬神人"〔いぬじにん〕と呼んで蔑まれることもある。
ボク「そんな、たまたま出くわしたというだけで…あのときのお子さんは、稲田さまのお子さんだったのですね」
稲田「はい。"穢れ" があるということで、肉親は立ち会うことも許されません」
そういう時代なのだ。21世紀人の価値観で、いい悪いを論じることはできない。
ただし、これで一気に心理的距離が近くなった。もともと稲田氏は、気のいい人物のようだ。"泣く子と地頭には勝てぬ" という言い回しは知っていたが、人によるのは地頭も同じようだ。
イネさん、マメさんと心霊教とのいきさつを話し、帰途に謎の暴漢に襲われたことも話した。
稲田「心霊教ですか、やっかいな相手ですね」
ボク「すみません、心霊教についてご存知のことを、さしさわりのない範囲で構いませんから聞かせてもらえませんか?」
稲田「この高田の界隈だけでなく、越後の国中で大問題になっています。イネさんと同様、家族・縁者が亡くなったり重病を患ったりしている人に近づいては、言葉巧みに大金を巻き上げる、とんでもない連中です。それでさらに困難な状況におちいった家族は、数知れません」
ボク「弱った人の心につけ込むなんて、許せません」
稲田「しかし、教団に金品を貢ぐのは本人の意思だと言い張るため、治安に責任を持つ守護・地頭といえども、おいそれと手をだせません。それに、もう一つ困ったことがありまして」
ボク「…」
稲田「集めた膨大な資金の一部を郡司に流し、また郡司を通して朝廷にも献金しているのです」
ボク「 何のために、そんなことをするのですか?」
稲田「もし朝廷から自分たちに都合のいい綸旨や院宣を出してもらうことに成功したら、誰も逆らうことができません」
ボク「なるほど」
稲田「さらにもし朝廷から官位を得ることができようものなら、その権威は絶大です」
ボク「…」
稲田「もっともそれらは容易なことではありませんが、そこまでしなくても朝廷の威光を笠に着れば、やりたい放題です。例えば郡司はほんらい "官位非相当" ですが、今の高田郡司の後藤氏は "左官" という官名もどきの名乗りをして目こぼしをしてもらっているようです」
ボク「"左官" というのは…?」
稲田「国司には守〔かみ〕・介〔すけ〕・掾〔じょう〕・目〔さかん〕という4等級があります。目玉の "目" と書いて "さかん" と読みます」
ボク「ところで失礼ながら、稲田さまは官位をお持ちですか?」
稲田「とんでもない。本家の宇都宮でしたら、それなりの官位はありますが、私は連枝のそのまた連枝にすぎません。無位無官です」
ボク「すみませんでした」
あとで検索したら、宇都宮氏は北関東の堂々たる大豪族だった。稲田地頭の言葉には、謙遜が含まれていたようだ。
2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で、大泉洋さん演じる源頼朝が "佐殿"〔すけどの〕と呼ばれていたことを思い出した。頼朝が平治の乱の際に右兵衛権佐〔うひょうえごんのすけ〕という官に任じられたことにちなむ呼称だった。
上から見るとたいしたことないが、下から見たら目もくらむような官職で
・なぜ東国の武士たちが、配流地の頼朝の下に参集したのか?
・なぜ彼らが、身を挺して頼朝を守ろうとしたのか?
・なぜ頼朝が、あんなに偉そうだったのか?
・なぜ頼朝は、配流地の女たちに手をつけ放題だったのか?
という疑問には
・頼朝は身分が高かったから
という一言で説明がついてしまうのだった。諸説あります。
『鎌倉殿の13人』と言えば、大泉さんの頼朝が征夷大将軍任官の勅書を示して「征夷大将軍じゃ」と相好を崩す、短いが印象的なシーンが思い浮かぶ。
史実の話をすれば、源義経が鎌倉の許可を得ぬまま後白河法皇により検非違使に任官したことが、兄弟の断絶の大きな原因となった。全国に守護と地頭が派遣されたのも、義経追討が理由だった。
この時代において官位とは、それほどの重みを持つ。
なお宇都宮氏と、その支属の稲田氏が、頼朝に味方して鎌倉幕府の有力御家人になったことは史実である。
そんなことを考えていたら、とつぜん稲田地頭が言い出した。
稲田「そうそう、ちょうど西明住職にお願いしようと思っていたところです。うちの下男に、只丸〔ただまる〕という子がいます。若年ですが、聡明な子どもです」
稲田地頭は、屋敷の奥に声をかけた「只丸、いるかい?」
奥から「はい」と返事の声が返ってきた。
稲田「紫雲寺で、この子の面倒を見てやってはいただけないでしょうか」
只丸と呼ばれた少年が出てきた。
ボクは息が止まるほど驚いた「聡己!」
作務衣のような服を着、頭をくりくり坊主に丸めているが、21世紀に置いてきた長男の聡己じゃないか!
(この項つづく)
追記:
続きです。
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