しいたげられたしいたけ

空気を読まない、他人に空気を読むことを求めない

岩波ジュニア新書を二冊

山田肖子『アフリカのいまを知ろう』

アフリカのいまを知ろう (岩波ジュニア新書)

アフリカのいまを知ろう (岩波ジュニア新書)

アフリカ研究者11人に対するインタビュー集。
ザイール(現コンゴ民主共和国)で10種類以上の作物を同じ耕地にバラバラに植える「混作」を初めて見た農業研究者は、最初「冗談でやっているのか」と思ったという。(p89〜)。しかしそこには彼らなりの合理性があり、現地の風土では単一作物を栽培したら害虫が繁殖し放題だが、「混作」だと害虫同士が相殺し合いリスクを分散できるのだそうだ。
よく「アフリカは貧しい」と言われるが、日本のようにモンスーン気候の下コメという単一作物を集約農法で耕作する文化が、たまたま中央政府成立に不可欠な税収というものを確保する上で都合がよく、「混作」をおこなう文化はそうではかったというだけかも知れない。
さきの農業研究者は、経済という尺度で比較したらアフリカは貧しいが、「どのくらい腹の底から笑っているか」という尺度で比較した場合アフリカの「笑度」は少なくとも日本より高いのではないかという先輩研究者の言葉を紹介しているし(p88)、アフリカ音楽に詳しい文化人類学者は、もし政治や経済ではなくリズム感が生活の質の高さを示す尺度となれば、アフリカは先進国になり、日本はずっと遅れていることになると述べる(p183)。
この文化人類学者は、「今度セネガルを旅行するのだが、アフリカを助けたいので自分は何をしたらいいか?」と相談にきた学生に「余計なお世話だ。自分がアフリカの人々に助けてもらえばいいだろう?」と痛快なタンカを切っている。2ヵ月後に帰国した学生は、自分が間違っていて自分こそアフリカから学ぶべきものが多いことに気づいたと報告に来たという(p184〜185)。
この学生のような若者がいることは頼もしいけど、一方で「上から目線」から脱却できない大人も国も、掃いて捨てるほど存在するんだろうな多分…

辻真先『ぼくたちのアニメ史』

ぼくたちのアニメ史 (岩波ジュニア新書)

ぼくたちのアニメ史 (岩波ジュニア新書)

1500本以上のアニメ脚本を書いたという著者の執筆時の年齢は「数えで77歳」。敗戦直後に公開された『エノケン・ロッパの新馬鹿時代』という映画のタイトルバックのアニメーションと『かみちゅ!』のプロモート版の相似を論じたりしている(p7)。
平均三行に一度はカギカッコに入ったアニメのタイトルが登場するんじゃないだろうか?むろんちゃんと数えたわけではないが。
自分が幼いころにリアルタイムで観ていたアニメのタイトルは、ただ読んでいるだけでも楽しい。だが、残念ながら比較的新しいアニメは、白状しますがわかりません。しかし著者は『銀魂』の魅力を語り(p117)、綾波レイのマウスパッドを使っていると告白し(p122)、『ひぐらしのなく頃に』のオンエア中止局に憤慨する(p162)。
ヒッピーは年をとってもヒッピー、ロックンローラーはいくつになってもロックンローラーだというが、ヲタもまた氏ぬまでヲタなのだなきっと。そしてこの「ヲタは氏ぬまでヲタ」というのは、褒め言葉なのだ、絶対。