ウエブ2.0の特徴を「集合知」という言葉で表現する向きがある。そこにはいくぶんか幻想を煽る意図がこもっているように思う。しかし著者は、現状の技術で何か「知」の新しい概念が誕生する(極端な想像を言えばネット上に「意識」が生まれるとか)ような可能性を、明確に否定する。その根拠として、我々の受け止める「情報」が、五感などの「生命情報」、社会の約束事やルールなど「社会情報」、それにウエブで伝達可能な「機械情報」といった階層構造を持つことを示す(第1章)。
さらに著者は、人工知能やシャノンの情報理論の背景に「一神教文化」があることを指摘したり(第3章)、機械と生命の違いを哲学的な視点にまで立ち戻って考察したりしている(第4章)。特に後者に関しては、「オートポイエーシス理論」というのがあることを、私は本書で初めて知った。「オート」とは自己、「ポイエーシス」とは作り出すという意味だそうで生物は自分で自分を作り上げていく存在だが、機械は「アロポイエーシス」すなわち「アロ」=他者によって作り出される存在だということだそうだ(P121〜122)。さらにこの「オートポイエーシス理論」を道具に、人間の「心」という問題にまで踏み込んでいくのだが、いかんせん新書本の一章分の分量では、上っ面を撫でただけという印象にならざるをえない。これはこれで独立したテーマとして勉強してみたい気がする。
しかしそこまで分析しても、なるようにしかならんもんはなるようにしかならんのとちゃう?と思ってしまうのは、私の知的退廃かな?(^_^;
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