しいたげられたしいたけ

空気を読まない、他人に空気を読むことを求めない

北村薫を二冊

『街の灯』(文春文庫)

街の灯 (文春文庫)

街の灯 (文春文庫)

『玻璃の天』(文春文庫)
玻璃の天 (文春文庫)

玻璃の天 (文春文庫)

短編「令嬢探偵とベッキーさん」シリーズの第一集と第二集。同シリーズ第三集の『鷺と雪』が直木賞を受賞しているが、文庫化されてからゆっくり読もう。著者の今年度上半期の直木賞受賞ニュースには「いまさら?」と驚いたが、多分近いうちに選考委員になるのだろう。
本シリーズの舞台は1933年(昭和8年)の東京。主人公は財閥系会社社長の令嬢でなんと弱冠14歳!コンビを組むのは20歳とやはり若い主人公の専属女性運転手で、主人公から「ベッキーさん」というあだ名を与えられている。この「ベッキーさん」というのが、若い女性運転手というだけでも当時珍しいのに、剣術の腕前は男性に引けをとらず、拳銃を握らせれば本職の軍人をうならせるほどの命中率を披露するスーパーウーマンである。
本シリーズは珍しいことに、一人称の主人公が探偵役でもある。一人称の探偵ってほかにもいたっけ?と、そんなに幅広くもない推理小説を読んだ記憶の引き出しをひっくり返してみると、栗本薫の「ぼくら」シリーズに登場する栗本薫(著者と同名だが♂)が辛うじて思い当たった。ただし読んだのはかなり昔なので、内容はほとんど忘れている。
なんで一人称の探偵が少ないかというと、探偵役の頭の中で展開する推理のプロセスを、文字にすることが案外困難だからじゃないかと思う。これは言葉を変えて言うと、まだまだ推理小説で誰も手をつけていないジャンルが残されているのではないかということを示唆しているように思われるのだが、それはさておく。本シリーズの場合は、「ベッキーさん」が主人公に問題解決の重要なヒントを与える役割を担っている。わずかなヒントを手がかりにたちまち真相にたどり着く主人公もすごいが、ますますもって「ベッキーさん」が「謎の人物」であるという印象が強められる。
ページをめくるに従って、「ベッキーさん」の過去は少しずつ明らかにされ、同時に時代背景がどんどんキナ臭くなってゆく。
ちょうどタイミングよく「はてな」の人気記事に、
慶応2年から平成29年までのベストセラーをリストにしてみた 読書猿Classic: between / beyond readers
というエントリーが…ブログ主の「くるぶし(読書猿)」さんは、

 我々の時間についての遠近感は、時としてとんでもなく歪むが、それに気付く機会があまりない。
 だから、何か一つの事項について年表をつくると、背筋が伸びるかのように、縮んでいた時間感覚を修正できる。

とおっしゃるが、お説ごもっともと言うほかはない。本シリーズには同時代の人気作家として江戸川乱歩の名前が挙がったり、島崎藤村が大家として、菊池寛が飛ぶ鳥を落とす新進作家として、それぞれ言及されたりしている。「くるぶし(読書猿)」さんのリストを、物語の舞台の1933年(昭和8年)から逆に辿って参照すると面白かった。おおっ、藤村の『夜明け前・第一部』がベストセラーになったのは1932年(昭和7年)なんだ!なんとなくもっと前の、明治大正の頃を漠然と想像していた。
いらんことだが、文春文庫は、油断しているとすぐに裏返しにそっくり返ろうとするカバーを筆頭に、文庫の装丁としては日本で出版されている文庫の中では最低だなと常々思っていたが、今度またとんでもないことをやってくれた。シリーズの第一作と第二作で、背表紙の色が違うのだ!本読みとしては、文庫の背表紙の色は作家のイメージの一部として分かちがたく結びついているので、安易に変更してほしくないのはもちろん、できることなら出版社が違っても色を合わせてほしいくらいなのだ。それなのに、同一作家のしかも同一シリーズで背表紙の色を変えるとは何事か!?奥付を見ると、第一作『街の灯』が2009年9月25日第5刷で、第二作『玻璃の天』が2009年9月10日第1刷。どんな事情があったか知らないが、背表紙の色を変えるのなら変えるで、増刷分からでも合わせてくれよと言いたい!