5月3日は東京有明の憲法集会が同集会史上最多の6万5千人の参加者を集めたそうです。
わんおぺまむ(id:one-mam)さんがレポート記事を書かれていますので、失礼してリンクを貼らせていただきます。
愛知県でも、後述するように参加者2千5百人と東京にははるかに及びませんが、それでも今年で55回目になるという愛知憲法会議主催の「市民のつどい」という集会がありました。弊ブログではそちらをレポします。
この何年かは、5月3日は実家のある市の祭礼を見に行くか「市民のつどい」に行くかどちらかである。とは言え前回「市民のつどい」の方に出たのは、3年も前のことであったか。
この時はそれまでずっと使っていた名古屋市公会堂が改装中のため使えず、名古屋国際会議場というところを利用したのだった。
今年は名古屋市公会堂の改装が完了したので、古巣に戻った。
開場前に着いたので、けっこう長い行列ができていた。顔消し失礼します。
いつもだいたい当日券を買う。割高だけど、出席できるか判明するのがいつもぎりぎりになるのだ。
公会堂に入ったところ。
今年の催し物は、早稲田大学法学学術院教授の水島朝穂氏の講演と、立川談四楼氏の落語だった。
チラシ画像をお借りします。
主催者によると、参加者数は 2,515人とのことだった。改装後の公会堂は大ホールの座席数が減って 1,500席しかないそうで、大ホールに入れなかった参加者は会議室に分かれてビデオ中継を鑑賞したとのことだった。
席が減ったらあかんやん。3,000人収容とかいう国際会議場のほうを使い続けちゃダメだったのかな?
水島教授は、米国3代大統領ジェファーソンの、こんな言葉を引用した。
「自由な政府は、信頼ではなく猜疑にもとづいて建設される」
権力者が憲法という縛りを「緩めてよ」と主張するとき、国民はそれを疑わねばならないという。
改憲発議において、変えようと主張する側と変えるべきでなないと主張する側には非対称性があり、 変えようと主張する側に変えるべき理由を説明する責任があるとのことだった。「代案を出せ」という議論に乗ってはいけないということだと思う。
非常に多くのことを語られ、また専門的なことも多く含まれていたので、内容を要約するのは容易ではありません。もう少し紹介したいこともあるのですが、時間がかかりそうなので、まずはこれだけアップします。
談四楼師匠は、マクラで「落語と権力は相性が悪い」「落語と戦争は相性が最悪である」と語った。戦時中には53の古典落語が封印されたとのこと(いらんことだがその件は、私は古谷三敏のマンガ『寄席芸人伝』で知った)。
この日の演目は、上方の故桂米朝によって復元された噺だそうで、舞台が関西のままだとやりづらいので舞台を江戸に翻案したそうだ。
浅草寺参詣帰りの「旦那」が見知らぬ男に突然、持ち物のキセルを譲ってくれと頼まれるという、シチュエーションドラマのように開幕する。実はこの男は名前を「隼の七〔はやぶさのしち〕」という巾着切りすなわちスリで、この男がいかにスリから足を洗い更生するかというのが噺の佳境である。
筋運びにやや唐突なところがなきにしもあらずだったが、フランス文学でいうところの「コント」にあたるのだろうか、ストーリーの展開をじっくり聞かせるタイプの噺だった。
閉会後、憲法改正に反対するデモが企画されていたので、そちらにも参加した。
公会堂のある鶴舞公園から矢場町高架下の若宮広場まで、約1.8kmをパレードした。
主催者によると、参加者は約600人とのことだった。
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