しいたげられたしいたけ

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物語としての新選組のスタンダードは司馬遼太郎ではなく子母澤寛なのだが…(その1:土方歳三編)

物語としての新選組のスタンダードは司馬遼太郎ではなく子母澤寛なのだが、そのことを述べるために自炊した本を読み返していたらメチャメチャ面白くなった。つか子母澤、司馬のみならず、人気作家と呼ばれる人たちの並外れた想像力に、改めて驚愕した。

だがそのことを書こうとしたら、いくらでも材料が出てきてなかなかまとまらず筆が進まない。私のいつもの流儀で、何度かに小分けにしてエントリーを上げる。新着お目汚しを避けるため、例によって日付を遡って公開しています。

 

きっかけは今月初めにバズった id:hajime0083 さんの、こちらのエントリーでした。

hajime0083.hatenablog.com

調査方法はまことにユニークで参考になりました。機会があればマネさせていただきたいと思います。

しかしおそらく hajime0083 さんは若い方なのだと想像されます。インターネットが登場するはるか以前から新選組は人気コンテンツで、おびただしい映画やTVドラマが制作されていました。年輩の世代にとって、物語としての新選組のスタンダードは司馬遼太郎ではなく子母澤寛であることは、常識だったのです。

もうちょっと具体的に言うと「新選組三部作」すなわち『新選組始末記』(初版1928年)、『新選組遺聞』(初版1929年)、『新選組物語』(初版1955年)で、いずれも中公文庫の新刊が Amazon から現在も入手可能です。

 

また1970年代には当時の超人気俳優だった(今でも実力派人気俳優ですが)草刈正雄が東宝映画『沖田総司』(1974年)とTBSドラマ『新選組始末記』(1977年)で沖田総司を演じたりしたため、「新選組」と言えば近藤勇でも土方歳三でもなく、文句なしで沖田総司だった時期が長かったように記憶しています。

こういう時代の雰囲気って、ネットの検索結果には反映されにくいんですよね。

 

いらんこと言いの悪癖を発揮すると、オールドマンガファンとしては鴨川つばめの人気マンガ『マカロニほうれん荘』もぜひ思い出しておきたい。主人公は名前を沖田そうじと言う高校一年生で、初登校したら同じクラスに留年24回のきんどー日陽(40歳)と留年10回のひざかた歳三(25歳)がいたという物語。むろん本物の新選組とは何の関係もありません。もはや若い人にはぜってー通じない。いや『るろうに剣心』も『銀魂』も、そのうちぜってー通じなくなるって。 

マカロニほうれん荘全9巻 完結セット (少年チャンピオン・コミックス)

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話を戻して、土方歳三の「鬼の副長」というイメージは、子母澤「新選組三部作」にすでに色濃く表れている。ただし子母澤の筆になる土方像は根性極悪、たいへんイヤな奴なのである。

まずは『新選組始末記』より。新選組が長州系浪士の集結場所を探るため、彼らの同志と目された古高俊太郎という浪人を捕縛し拷問する部分である。

四条寺町の古道具商がどうも怪しいと洗ってみると、古高俊太郎という志士と言うことがわかり、これを捕縛した。
 壬生の屯所へ引立てた俊太郎を、土方歳三が、尻上りの多摩弁で、針を刺すように厳重に取調べたが、素より古高も決死の覚悟である、一言半句も口を開かない。
 背中の皮が破れて血が流れたが、古高はたった一言、
「如何にも本名は古高俊太郎正順である。それならばどうしたというのか」
 こういったきり、冥目して終った。
 夕刻になって遂々、土方はむかッ腹を立てて、古高をしばったまま逆さに梁へ釣るし上げさせ、足の甲から裏へ五寸釘をずぶりと突き通し、それへ百目蝋燭を立てて火をつけ、とろりとろりと蝋を肌へ流すようにした。
 これには、流石の古高も堪えかねたと見え、ものの一時間も悶え苦しんだ上に、素直に尋問に答えるようになった。

子母澤寛『新選組始末記』(中公文庫) P148 ルビ省略しています。以下同じ。

このシーンは、黒鉄ヒロシによるコミカライズ『新選組』(PHP文庫)でも印象的に描かれている。新刊品切れだが、おおっ、Amazon「なか見!検索」からそのページが見れるじゃないか! P14~18です。

新選組 (PHP文庫)

新選組 (PHP文庫)

 

 

古高拷問のくだりは池田屋事件の前章をなす重要な部分であるため、司馬遼太郎『新選組血風録』と『燃えよ剣』中にも記述がある。しかし拷問の主体が土方だったとは、なぜか書いていないのだ。

まずは『血風録』より。 

 夕刻、近藤みずから二十数人を指揮して桝屋を急襲し、古高を捕え、おびただしい武器弾薬と尊攘浪士たちの往復書簡を手に入れ、さらに拷問のすえ、おどろくべき事実を知った。
 ――きたる六月二十日前後、烈風の夜をえらんで御所の四方に火を放ち、参内する守護職会津侯を斬って軍神の血祭にし、天子を長州に動座する、という。
 その下相談を、五日、三条小橋の池田屋でするというのであった。

司馬遼太郎『新選組血風録』(角川文庫) P150

土方の名がきれいに消えている。 

 

上に示したページは1969(昭和44)年版のもので、Amazonで新刊が入手できる新装版ではページが違っているかも知れません。 

新選組血風録 新装版 (角川文庫)

新選組血風録 新装版 (角川文庫)

 

 

『燃えよ剣』になると、拷問の主体は京都所司代に変わっている上、古高は白状せずに死んだことになってしまっているのだ!

古高は当夜は壬生屯所の牢に入れられ、翌日、京都所司代の人数に檻送されて、六角の獄に下獄した。この夜から、獄吏の言語に絶する拷問をうけたが、ついに何事も吐かず、のち七月二十日、引き出されて刑死した。

 同『燃えよ剣(上) 』(新潮文庫) P298

燃えよ剣(上) (新潮文庫)

燃えよ剣(上) (新潮文庫)

 

 

もう一人、隊金紛失の咎で刑死した新選組勘定方・河合耆三郎に関するエピソードも紹介したい。河合は播磨の裕福な商家の出で、子母澤の記述によると近藤勇には可愛がられたというが、土方とはそりが合わなかったらしい。

その河合が慶応二年二月二日の朝、預ってある現金入の舟箪笥を開け調べると、昨夜確かに入れた筈の五十両がない。吃驚して青くなった。丁度近藤は、公用で大阪へ行って十日ばかり不在、後は何んとなく底意地の悪い土方歳三である。

 子母澤寛『新選組物語』(中公文庫) P44

 

河合は隊金の不足を土方に報告できないでいるうちに、どんどんのっぴきならない立場に追い込まれていく。

「土方先生、河合でございます、所用で出て居りましたが只今帰りました。何にかお召しのようですが」
「あ、河合君か、君を待っていたところだ、入り給え」
「は」
「時に早速だが、お手許に金がいくら程あるだろうか」
≪中略≫
「俄かの入用で京屋へ渡さねばならぬ、金はいくら有るかというのです」
土方歳三はじろりと河合を見上げた。いつもの癖で眉のところへ八の字が寄った。
「は」
「五、五、五百両余あります」
「よろしい、五百両これへ持って来て下さい」
と、土方は副長らしく、きっぱり河合に命じてから、
「な、京屋、五百両あったらよろしかろう。隊長が帰られるまでに、この話は、きっぱりと片をつけて置いてくれ。喜ばせたいからな」
≪中略≫
その出すべき金は中五十両が欠けている。しかし事態が、こんな順序で運んで終った今となっては、河合にはもうその弁解をすべき言葉がなくなっていた。人一倍疑り深い土方もまた今更「五十両盗まれました」ではもう承知はしないのである。ただ何んとなく土方と性が合わない、親しみ難いというような河合の気持が、あっさりと真相を打開ける実に大切な機会を失ってとうとうこんな事になって終った。

上掲書 P46~47

河合は播磨の実家に使いを出し弁償の五十両をねだるのだが、その返事が来る前に隊則による処刑の日を迎えてしまうのである。「まだ播磨からの飛脚は来ませんでしょうか」という悲痛な言葉は、そうした状況の下で発せられた言葉である。

 

河合の物語を、司馬はなぜか『新選組血風録』でも『燃えよ剣』でも語っていない。OCR誤認識がないとすれば「河合」も「耆三郎」も、一件もヒットしないのだ。

 

代わりにというか、三谷幸喜が大河ドラマ『新選組!』の1話を割いている。

"大河ドラマ「新選組!」のツボ" さんがこの回についても詳細なあらすじを公開されていましたので、リンク失礼します。

大河ドラマ「新選組!」のツボ  第38回  ある隊士の切腹

三谷の脚本では、五番隊組長の武田観柳斎が高価な西洋軍学の本を購入するために、五十両の隊費の内密での融通を河合に求めたとしている。『新選組物語』においては、五十両紛失の理由は結局不明のままなのだが。

そこに誤解と行き違いが重なって、土方はやむなく河合に切腹を命じるほかはなくなるという筋立てになっている。

『新選組物語』では後日談として、河合の刑死を知った父親はじめ親族の、激しい嘆きと上洛しての錯乱とすら言える抗議を描いているが、『新選組!』ではそちらは一切カットしている。幕末乱世においても、現代のような比較的平穏な時期においても、家族を理不尽に奪われた怒りと悲しみは、なんら変わるところはないのだけど。

 

思うに司馬が河合のエピソードを書かなかったのは、土方の根性極悪な側面を脱臭してヒロイックな偶像に仕立てたかったからではなかろうか。『燃えよ剣』後半において土方は榎本武揚率いる旧幕府艦隊に身を投じ、函館戦争で壮絶な討ち死にを遂げる。そのラストシーン、個人的には新潮文庫下巻P431のたった1行のセリフを喋らせたかったために、文庫本上下巻合計約480ページの物語を書いたとしか思えない。

 

三谷の脚本のベースは子母澤で間違いなさそうだが、土方の人物像は司馬によってアク抜きされたものを用いないではいられなかったという部分に着目する限り、「現代人のイメージする土方像の原型は司馬によって創られた」という結論は正しいと言えるのかも知れない。

 

   *      *      *

 

つけ加えると『新選組物語』収録「壬生心中」(P142~)に描かれた、四番隊組長にして柔術師範の松原忠司の悲壮な終焉にも、土方の親身とは言い難い対応が少なからず影響したことが記されている。

松原忠司 - Wikipedia

司馬は『血風録』『燃えよ剣』ともスルー。三谷は大幅に独自解釈を加えている。

大河ドラマ「新選組!」のツボ  第37回  薩長同盟締結!

 

この項つづく。

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