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『ゴジラ-1.0』の物語構造に関する愚考

6月26日付拙記事 にお寄せいただいた 北斗柄(id:hokuto-hei)さんのコメントをきっかけに、いろいろと愚考を巡らせてみたくなりました。北斗柄 さんとはネットを介したお付き合いが長いのでおわかりいただけることと期待しますが、本エントリーは自説を開陳するためのものであり 北斗柄 さんへの論駁を目的としたものではありません。

以下『ゴジラ-1.0』ほか各作品のネタバレを含みます。

www.watto.nagoya

 

北斗柄さんのコメント全文引用は控えますが、要約すると同作において主人公・敷島はラストで特攻死を遂げるべきではなかったか、ということだったと思います。

私の感想は逆で、敷島は、そしてヒロイン典子は、やはり生き延びるべきだった、生き延びてよかったというものでした。しかしそう思った理由を言語化することには、かなりの困難を感じました。

代わりに、お返事に書いた通り、『-1.0』の物語構造について思いついたことがあり、また特攻死を扱ったいくつかの先行作品を思い出しました。以下、それを述べます。

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『-1.0』は、物語序盤で視聴者に負い目=毒が与えられる。敷島が特攻を忌避したことに対する負い目で、この毒は登場人物の元整備兵や戦禍で家族を亡くしたご近所の女性から繰り返し責められることで強化される。

そしてその「負い目を解毒する」「デトックスする」「カタルシスする」手段が、不死身の大"怪"獣、文字通りのモンスターであるゴジラの「駆除」だったというのが、私の考える『-1.0』の物語構造である。

 

これに類似した物語構造は、特攻死が出てくる先行作品のいくつかに共通して見られるように思われる。私は年寄りなので新しい作品はわからないから古い作品ばっかりだが、リプ中に『エイセス / 大空の誓い』、『インデペンデンス・デイ』、『宇宙戦艦ヤマト』のタイトルを挙げてみた。

 

『エイセス』は、第二次世界大戦で活躍した日米英独の代表的戦闘機が共演するというミリオタの誰もが一度は夢見そうな作品で、ゼロ戦パイロット堀越を故千葉真一が演じている。『アイアン・イーグル』というシリーズの第3作で、堀越はゲストキャラだった。だがそういう知識がなくても、堀越が登場した時点で彼が太平洋戦争を生き延びたことに負い目を感じており、それがラストの特攻死によりカタルシスされることは想像ついてしまった。またシリーズ通しての主人公ルイス・ゴセットJr.演じるチャッピーが生き残ることも、敵役の南米麻薬マフィアは設定上どんなに強大であれ(なにせ最新鋭ジェット戦闘機を保有する国家並み大組織)「ああ、こいつら殺される係だな」ということもわかってしまった。ロッキードP-38、スピットファイア、メッサーシュミット、ゼロ戦(だよね?)が翼を並べて飛行するシーンさえあればよかったのだ、たぶん。

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『インデペンデンス・デイ』は、核攻撃さえ効かないエイリアンの侵略から地球をいかに防衛するかという作品で、敵宇宙船の無敵っぷりがある意味『-1.0』のゴジラと似たものがあった。主要登場人物の一人であるベトナム退役兵=ラッセル・ケイスはアルコール依存症を発症しており、今日でいうなら戦争PTSDであろう。いや戦争PTSDは、同時代から認知されており現代に至るまで繰り返し再発見されているというべきか。この人物が特攻死を遂げることが、同作品のカタルシスの一つだったろう。

ただしこの作品は、アメリカ合州国が自然と日本含む世界各国の対エイリアン同盟の盟主を務めるとか、同国大統領までもが戦闘機パイロットとして出撃するとか、タイトル通り対エイリアン戦争勝利の日が7月4日=米独立記念日であるとか、米国至上主義の臭いが濃厚で鼻についた。知ってる人多いと思うけど、アメリカのネトウヨ(?)の層の厚さと自己主張強烈さは、とうてい日本のネトウヨの及ぶところではない!

 

それを言うなら『宇宙戦艦ヤマト』はどうなんだ、と言われるかも知れない。「ニューヨーク交信不能、パリ沈黙、モスクワはさようならを打ち続けています」。艦長・沖田十三はテレビシリーズおよび劇場版のラストで病死しており特攻死したのではないが、序盤で全滅した地球艦隊の司令官でありながら(あえて)生き残ったという悔悟=毒を抱えていた。序盤と言えば、宇宙人=ガミラスの核攻撃により海が干上がった真っ赤な地球という掴みは、『エヴァンゲリオン』の満身創痍に傷ついたヒロイン=綾波レイをロボットに搭乗させようというシーンに匹敵する強烈に印象的なものだった。なんだその比較? でもあのくらいの掴みを思いつきたいものだ。

えっ、続編の劇場版『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(1978年)では主人公の古代進が特攻死している? あの作品に言及するとややこしくなるから、チェリーピッキングと言われるだろうけどさて措かせていただく。いや以前も弊ブログに書いたことがあるが、突っ込みどころ山のようにあれど個人的に思い入れ深い作品の一つではあるのだが。

Amazon作品紹介を検索するとオリジナルTVアニメ関連商品が出てこなかったので、2019年リメイクのアフィリエイトを貼らせていただきます。このシリーズ、続編やリメイクが大量にあって私には整理がつかない。

 

要約すると、特攻死を遂げる登場人物には

  • 比較的年長
  • 負い目を抱えている(視聴者に毒を与える
  • 特攻死により負い目を解消する(視聴者を解毒=カタルシスする

という物語構造が共通しているのではないかと愚考する次第である。繰り返すけど『さらば宇宙戦艦ヤマト』のような、この類型には当てはまらない作品もまた多数あるだろうからチェリーピッキングにすぎないかもだけど。

『ゴジラ-1.0』は、物語世界の時点で主人公・敷島の年齢が若いというのが、これらの作品との違いである。

もっと言うと『-1.0』には「特攻しなくてもゴジラは倒せた」すなわち「特攻という作戦は、やるべきではなかった」というメッセージが込められているのではないかと私は考えるのですが、いかがでしょうか? 敷島は、そしてヒロイン典子は、これから生きていかなければならないのだ。

 

もう一つ、思い浮かんだ古い作品がある。北斗柄さんは私と同世代なので説明いらないと思うけど、故森村誠一の出世作『人間の証明 (角川文庫)』は、角川書店現KADOKAWAのメディアミックス戦略で劇場版やTV版が次々と制作され、あの世代の人間にはかなり知名度があったと思う。

主人公の刑事・棟居弘一良の父親は、終戦直後に進駐軍の米兵に屈辱的な暴行を受けたことが原因で亡くなっている。棟居は、そのため世間に、人間社会に深い憎悪を抱く。刑事という職業を選んだのは、もし社会に対して犯罪者として復讐を試みたら長続きはしないであろう、体制側につき権力を笠に着て犯罪者を責め立てるのであれば、人間に対する復讐がいくらでも持続可能だと考えたからだという設定だった。

これもまた見事な設定だったと思う。

しかし『人間の証明』において棟居が担当した事件は、結果として棟居に人間は復讐の対象だけの存在ではないのではないか、人間は信じるに値する存在なのではないかという疑問を生じさせるものだった。

同事件は日米の国境を超えて展開する。米国側の担当刑事であるケン・シュフタンは、ラストにおいて通り魔殺人による非業の死を遂げる。

臨終に際しての回想として、棟居の父への暴行を主導した米兵がケンであったことが明かされる。彼は米国においてマイノリティーであり、それゆえ戦地においても理不尽な目に遭い続けてきた。その鬱屈が、占領地における日本人への理由なき暴行を行わせたというのだ。

ケンはそれに対する悔恨をずっと抱き続け「死ねばこの重荷から解放されるだろうか」と独白し終焉を迎えるのである。

むろん作中人物たる棟居は、ケンの胸中を知らない。だが読者は、ケン・シュフタンの死によりカタルシスされ、それにより棟居弘一良というキャラクターが強く印象づけられる。それゆえか多作だった森村のその後の多くの作品で、棟居は探偵役を務めることになる。

 

何が言いたかったかというと、「序盤で読者・視聴者に毒を与える」「ラストで解毒する」という物語構造は、特攻に限らず様々なパターンで具現化されているのではないかということである。

 

もう一言。戦争トラウマ、PTSDの解毒はフィクションにおいては可能かも知れないが、現実のそれは、おそらくゴジラを倒したくらいではデトックスできないのではなかろうか? 戦争体験のない私がそういう考えを口にすることは、僭越で許されないことかも知れないけれど。

終戦後80年近くなっても、戦争トラウマ、PTSDの研究は現在進行形であり、戦争による心の傷を記述する新聞記事は次々と掲載されている。

www.asahi.com

 

たまたま今日(7/1)目にしたX旧ツイッターのポスト。FF他からの引用、失礼します。

 

戦争は最大の殺人

戦争は最悪の人権侵害

戦争は最悪の環境破壊 (比較的New

戦争は最悪のストレッサー (New

戦争は最悪のハラッサー (New

 

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追記:

続きを書きました。

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