しいたげられたしいたけ

拡散という行為は、元記事の著者と同等以上の責任を拡散者も負う

鴨志田穣, 西原理恵子『もっと煮え煮えアジアパー伝』(講談社文庫)

もっと煮え煮えアジアパー伝 (講談社文庫)

もっと煮え煮えアジアパー伝 (講談社文庫)

サイバラマンガの破壊力、ここに極まれり。鴨ちゃんの親友ドイ氏と「キケンすぎるリトマス試験紙」ことイラストレータの参助氏のカラミを描いたp131〜136のマンガは、久々に体がそっくり反るほど笑った。大ゴマもよかったけどp136のオチも抜群である。ただし、これを読んでいる人は、書店で立ち読みしようなどという気は決して起こさぬように。
しかし鴨ちゃんの文章は、これまでに比べ若干パワーダウンの印象が否めない。タイ−マレーシア国境、韓国、中国と回る今回の旅は、どれも観光旅行なのだ。観光客が旅先で出会うものと言えば、どうしても酒、食事、女と、対象が限定される。
(では海外旅行記はどんなものがいいかと言うと、「仕事」を扱ったものに尽きると思う。これは千差万別、バリエーションに限りがない。本シリーズでは、第一冊目『アジアパー伝 (講談社文庫)』所収の「雇われて戦地へ」の章が、ピカ一だと思う。これは鴨ちゃんが、ハシダさんこと後にイラクで遭難する橋田信介氏に連れられて、カンボジアの紛争地域に取材に行く話なのだが、これを読んだ前と後とでは、テレビの報道番組の見方が変わりました)
物足りなさを感じたもう一つの理由は、おそらく鴨ちゃん自身が感じていたであろう疎外感である。これまでのシリーズにしばしば登場した「絶対的な貧困感」とでも言うべきものが、この巻ではあまり顔を出さない(わずかに「第一話 国境の村」で、鴨ちゃんにつきまとう少年に、それを感じる)。
本書によると、今世界で一番長時間働くのは韓国人なのだそうで(p108)、ソウルのサラリーマンたちはネオン街で遊んでモーテルで飲みなおして雑魚寝して、朝から会社に行く(p80)という。
中国の北京駅は「東京駅を五つ並べたくらいの大きさ」だそうで、「ヘタをすると十万人は下らないであろう人々が、駅構内へと吸い込まれて」(p161)いくのだそうだ。今、上海には日本人が五万人いて、そのほとんどが大企業の社員とその家族なのだそうだ(p231)。
韓国も中国も、少なくとも本書で鴨ちゃんが訪れた都市は、これまでのシリーズに登場した町々と違って、ヘンな言い方をするけど「仕事ができる街」であり「使いものになる街」なのだ。
仕事をするためには、なんらかの強制・統制が不可欠である。それは間違いなく必要なものには違いないが、それがあるがゆえに社会がなんとなく重苦しく、息苦しく感じられるのは、日本という国に住む者は誰しも知っている。それがゆえに(私自身は排他的ナショナリズムには決して与するものではないが)、同種の匂いのする地域には、いわば近親憎悪的な抵抗感を感じてしまうものなのかも知れない。本書p225〜226より。

 上海は食べ物が美味〔うま〕いとよく耳にするが、コイン一つで食べられる店を比べると、東南アジアの華人街の方がよっぽど上である。
 庶民が安価で美味しいメシを食えない国。僕は知っている。こういう国は近いうちにほろびる。
 日本もそうなのだけれど……。

「文庫版あとがき」によると、著者の鴨ちゃんは入院中だそうです。お早い快復を心からお祈りします。