しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない

最相葉月『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社)

星新一 一〇〇一話をつくった人

星新一 一〇〇一話をつくった人

前半1/3(一〜五章)と後半2/3(六〜十二章)は、まるで別の物語のようである。前半は本名の「親一」が、後半はペンネームの「新一」が使い分けられているところに、作者の意図が感じられる。また前半は、かつて「武田薬品田辺製薬と並ぶ御三家」(p33)とまで呼ばれた製薬会社=星製薬を一代にして立ち上げた星一(=新一の父)が、主人公のようでもある。
一については新一の著書『人民は弱し 官吏は強し (新潮文庫)』を読んだことがあるが、読んだのが学生時代だったこともあって、一のすごさが当時の自分にはよくわからなかったように思う。とにかく「不撓不屈」という言葉がぴったりの人間なのだ。
一と旧知であった鶴見俊輔は「星は財閥でなかったでしょう。三井や三菱のような政商ではない。第一次世界大戦後に急成長した鈴木商店とよく似ていますが、政府と太いつながりをもたないと企業は大きくなれなかった時代です。だから逆に、悪いときは一気にだめになる。財界が結託してつぶしにかかるのです」(p33)と回想するが、阿片法違反容疑で起訴されたり(大正六年)、高利貸の破産申請を受けて星製薬が破産宣告され一は税金滞納で二ヶ月間収監されたり(昭和七年)、さらに敗戦直後の昭和二十年には、星薬学専門学校(星薬科大学の前身)がGHQ宿舎として接取されたり、麻薬製造禁止命令に違反したとしてGHQから一般薬を含めてすべての医薬品の製造禁止処分を命じられたりする。
しかし星一は、阿片事件をきっかけに台湾のキナ事業が奪われると「これからは台湾ではなく満州だ」(p88)と即刻方針転換するし、東洋一と言われた満州キニーネ製造装置を軍の命令で強制的に供出させられ、敗戦によって満州の資産全てを失うと、ただちに国内に目を向け、北海道視察を行う(p100)。
男児、かくあるべし!
ただし、著者は星製薬が「中国における日本の阿片戦略(中国人に阿片を密売し軍や政府の運営資金とした、いわゆる毒化政策)」(p90)に、関与したことを証明する資料はこれまで入手した中には見当たらないとしながらも、本書には星製薬の毒化政策への関わりを暗示するような記述がしばしば現れ(p438〜など)、それが一の横顔に暗い影を投げかけているように感じられる。
とまれ、昭和二十五年に星一が急逝した時点で、経営再建途上の星製薬が直面した内憂外患を、東大農学部農芸化学科を卒業したばかりの新一が背負わされるのは、あまりに過酷というものであった。新一は一年半で社長の椅子を他人に譲り、著者のいわゆる「空白の六年間」を経て、昭和三十二年、矢野徹が創刊した日本初のSF専門誌『宇宙塵』に処女作『セキストラ』を発表、それが江戸川乱歩に認められ『宝石』に転載されたことをきっかけに、人気作家への道を歩みはじめる。さらに小松左京筒井康隆など、日本SFの隆盛を担うことになる人名が次々に登場しだすと、雲が晴れるようにページの印象が明るくなるのである。