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続・卍〔まんじ〕を含む漢熟語

前回のエントリーには「卍を含む熟語が見つかれば追記する予定」と書いたが、長くなりそうなので新たなエントリーを起こすことにする。

 

デイリーポータルZ さんの記事「『戸籍統一文字』の見たことない漢字はいったいなに? 」中に "卍は若者言葉の「まじ卍」が登場してはじめて漢字の仲間入りができた" というくだりがあったが、そんなわけがないだろうと突っ込みを入れたの発端である。

 

ネットをやっていると、つい検索に頼りがちだが、こういう時はまず紙の本を調べるべきではないのかと自己突っ込みし、手持ちの辞書を調べてみた。

漢和辞典を開くのは何年ぶりだろう? ひょっとしたら以前に引いてから10年以上経っているかも知れない。

私が持っているのは明治書院『新釈漢和辞典〔新修版〕』。奥付には「昭和四十四年十一月十日 初版発行」「昭和五十一年二月十日 新修版再販発行」とある。古いものだ。

分厚くてフラットベッドスキャナには乗りそうになかったので、スマホ写真を撮った。

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読みは漢音で「バン」、呉音で「マン」とある。

 

だが「バン」と読む事例は、マンガ『BREACH』の「卍解」〔バンカイ〕以外にあるとは思えない。若者言葉を礼賛するのなら、こっちの例を出したほうがよかったのではないだろうか?

dic.nicovideo.jp

いや「仏書で用いる万の字」とあるから、どこかの宗派で勤行するとき「バン」と読む事例があるのかも知れないが、もしあったとしても簡単には調べられそうにない。

いらぬ知識をひけらかすと、仏典は独特の記法を用いることがある。「獅子」を「師子」と書くとか。

 

呉音の「マン」のほうは「卍字」と書いて「まんじ」と読む用例を掲げている辞書サイトがある。前回のエントリーに「卍紋」という熟語を見逃しかけたと書いたが、見逃したというならこっちかも知れない。

dictionary.goo.ne.jp

 

なんで用例がないのに読みがあるかというと、以前も書いたが漢字の本家の中国で編纂されたタネ本があるのだ。

過去にも何度か弊ブログのネタに使わせてもらっている大島正二『漢字と中国人―文化史をよみとく』(岩波新書) は名著です!

中国人はその長い歴史の中で、自分たちが用いる文字の浩瀚な字書をいくたびも編んできた。それらが日本、朝鮮、ベトナムなど周辺諸国で受容されてきた。中国においてものすごいエネルギーで編纂されてきたのは、歴史書だけではないのだ。

音韻に関しては隋代に編纂された『切韻』(上掲書P149~に説明)、宋代の『広韻』(P157~)、『韻鏡』(P179〜)、元代の『中原音韻』(P163~)などが重要なものだそうだ。

本家において、これらは官僚登用制度制度である科挙との関りが深いが、日本では漢詩を作る必要上、利用されてきたという(P162~)。音声メディアなどなかった時代に、書物を手がかりに平仄を合わせた漢詩を作ってきた当時の日本人もまたすごいと思う。

 

それはともかく「卍巴」という熟語は『新釈漢和辞典』中にも見える。辞書に載っていて、用例もあって、辞書には書いてないけどあらゆるコードが漢字エリア中にあって、逆になんでデイリーポータルZさんが "卍が漢字なのか漢字じゃないのか難しい" とされたのか、むしろその理由が知りたい。サンスクリット由来なら「阿吽」など他にもある。「阿字観」なんて、どうやってサンスクリットと切り離せと言うんじゃい? 卍はまぎれもなく漢字である。

 

辞書ついでに『広辞苑』も引いてみた。以前に引いたのは何年前かわからないことも、私が持っているのは第四版と古いことも、漢和辞典のときと同じ。

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ただし漢和辞典より文字数が多く2段にわたっているので文字起こししてみた。引用の四要件を満たす正当な利用のはずである。

まん-じ【卍・卐】(万字の意)(1)(梵語 svastika ヴィシュヌなどの胸部にある旋毛)功徳(くどく)円満の意。仏像の胸に描き、吉祥万徳の相とするもの。右旋、左旋の両種あるが、仏教では右旋を用いる。わが国では寺院の記号などにも用いる。(2)卍1のような形。(3)紋所の名。卍1にかたどったもの。左まんじ・右まんじ・角立まんじ・丸まんじなど。

 

ようするに胸毛かよ!とか、右旋と左旋は字面だけだとどっちがどっちかわかりにくい、とかいうのはひとまず措いて、この記述から「卍」を含む熟語がまとめて手に入った。広辞苑中ではひらがなで記述されているが、漢字で置き換えても問題ないはずである。

「左卍」がオーソドックスな卍なら、「右卍」または「逆卍」はそのものハーケンクロイツである。だがこちらがどうもオリジナルのようだ。

ja.wiktionary.org

「卐」のフォントもあるのか! と何度か貼った後で今さら驚いてみる。

 

「角立卍」、「丸卍」は、検索すると家紋サイトの中に見つかる。

irohakamon.com

数を集めているこちらのサイトでは「万字」と表記しているが、もし万字が卍で置換可能であれば「捻じ卍」、「卍菱」、「剣先卍」など卍を使った熟語の数は一気に増えることになる。

実際他のサイトで、そう表記しているところも見つかる。

 

ということで、卍を含む漢熟語はたくさんある、というのが前回、今回の結論である。

集まりすぎて、かえってつまらなく感じてしまった。

以前もそんなことがあったな。特定のジャンルを探すといくらでも見つかることがわかって醒めるというのが。

www.watto.nagoya

www.watto.nagoya

 

むしろ発展して、特定の熟語でしか使われない漢字というのを検索したら面白かった。

例えば、いずれも旧2ちゃんねるだが読みふけってしまった。このネタでエントリーをもう一つくらい書くかも知れない。

academy3.5ch.net

academy3.5ch.net

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