しいたげられたしいたけ

新型コロナウイルス対策は個人に現金の一斉給付を!

岩崎るりは『猫のなるほど不思議学 知られざる生態の謎に迫る』(講談社ブルーバックス)

猫のなるほど不思議学 知られざる生態の謎に迫る (ブルーバックス)

猫のなるほど不思議学 知られざる生態の謎に迫る (ブルーバックス)

猫を飼っているわけではないが、pya!で猫画像を見ていると、どうしても気になる存在となってくる。ブルーバックスとしては珍しいテーマのタイトルを見つけたので、読んでみた。著者は海外にまで名前を知られたブリーダーであるらしい。
内容は、猫のセックス、誕生、成長から病気、死、さらには死後の飼い主のペットロス症候群まで幅広く扱っている。著者の猫に対するなみなみならぬ愛情が伝わってくる。かわいいだけじゃすまなくて、一旦猫を共生の相手に選んだ以上は、その全生涯に責任を持たねばならず、またそれだけの価値のある相手なのだということは、わかるような気がする。
しかし一方で、安易に猫を捨てる飼い主も後を絶たず、ペットを飼う世帯の全世帯に占める割合が増えるに従って、ノラ猫の数も増える一方なのだという、ノラ猫といってもイエネコは完全に野生に戻ることはできず、誰かが与える餌に依存して命をつないでいる存在なのだという。著者は、ノラ猫を多数飼っている「テント生活者」(いわゆるホームレス)への取材もおこなっている。

 猫を飼っているテント生活者たちは、不幸なノラ猫が増えないようにと、ボランティア団体と協力し去勢や避妊手術をしています。また病気のときには動物病院に連れていって、必要があれば手術をするという徹底ぶりです。彼らは肉体労働などで汗水流して稼いだなけなしのお金を、公園に捨てられた猫たちに費やしているのです。『公園に猫を捨てないでください』という立て札の下に、猫が捨ててあるといいます。ときには目も開かない子猫が捨ててあり、ボランティア団体がいくら活動をしても、捨て猫は後を絶たないといいます。
 家があり生活に困らない人々が捨てた猫を、家も定職もない人々が拾って世話をしている。これが、日本のノラ猫の実態なのです。
 ノラに餌を与えるのであれば、最低でも避妊、去勢をするだけの責任を持つことも大切です。

(本書p158〜160)
胸が詰まるような一節である。
追記:
思い切って書いてしまうと、捨て猫に関しては少しつらいトラウマがある。
今のアパートに越してきて間もない頃、新居からほど遠からぬお寺まで散歩に行った。知多四国八十八箇所というのに数えられている名刹とのことである。
そこの境内で、子猫の鳴き声が聞こえた。わりと近くから聞こえてきたので、実物が見られないかなとその場に佇んでしばらくあたりを伺っていると、繁みの中から子猫が飛び出してきて、私の足にすり寄ってきた。
片手の手のひらに乗るほどの大きさの、生まれて間のない子猫だった。捨て猫だったのだろうと思う。
子猫は、ニャーニャー鳴きながら私の靴に体をすり寄せ、のみならずズボンに爪を立てて膝の上までよじ登ってきた。
爪を立て、私の服に全力でしがみついていた。
必死だったのだと思う。
そのまま拾って帰れるのなら、そうしたかった。飼ってやれるのなら、飼ってやりたかった。
だけど、できなかった。アパート住まいでペットを飼うことは契約違反だったことと、なにより猫に限らず生き物を飼った経験がないため、ちゃんと飼ってやれる自信がなかったからだ。
何分か、あるいは十何分かの間、子猫にしがみつくにまかせ、隙を見て爪を服から引き剥がし、その場に置き去りにした。
子猫にもう一度誰か別の人にすがりつくエネルギーが残っていることを祈りながら、そして次にすがりついた人にこそ飼ってもらえることを祈りながら。
子猫一匹飼ってやることのできない、自分の甲斐性なしが情けなくて仕方がなかった。
今だったら、どうするだろう…その後、契約違反を承知でアパートで何匹も猫を飼っている知人ができたりしたから、飼い方はその人の教えを請うことにして、思い切って連れて帰ってしまっているかも知れない。
あれから、そのお寺には一度も足を運んでいない。