しいたげられたしいたけ

災害時のデマ、絶対ダメ!

名古屋駅前のミニシアター「シネマスコーレ」で大林宣彦監督『時をかける少女』も観てきた(ネタバレ有)

前回のエントリーに、大林宣彦監督『転校生』を封切り38年目にして初めて見たが、しじゅう共感羞恥のような感情に襲われ楽しめなかったことを書いた。

実は内心一番恐ろしかったのは、私自身の感性が加齢により劣化して、ものごとに感動することができなくなっているのではないかという想像だった。

だからというわけではないが、同じく名駅前ミニシアター「シネマスコーレ」で、同監督の手になる『時をかける少女』も見てみようと思った。こちらは封切り37年目にしての初見である。

前回は写真を貼ったチラシを、今回は表裏スキャンして貼る。1970~80年代に公開された大林監督作品や角川映画の特集をやっているのだ。

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以下、大量のネタバレが含まれています。閲覧注意です。

エンディングの、松任谷由実 氏作詞作曲による名高いテーマソングが流れてきたとき、思わず涙ぐんでしまった。その程度の感性はまだ残っていたのだ。よかった!

松任谷『時をかける少女』については「よく考えるとネタバレだろ?」と何度かネタにされてもらったが、それなりの必然性があったのだ。なんかごめんなさい。

『時をかける少女』という物語は、ひょんなことからタイムリープすなわち時間遡行という超能力を身につけた少女が主人公である。オチは、主人公より強力な超能力を持つ人物がいて、主人公の超能力はその人物により付加されたものだったというものだ。

もう一つ言うと、主人公には凸凹コンビとでもいうべき二人の仲の良い男友達がいて(ボーイフレンドという語を使いたいところだが、いまどきの人もボーイフレンドという言葉を使ってるのかな?)実はその一人が、未来人にしてより強力な超能力者だったわけである。

この趣向も好きだな。甲・乙とか松・竹・梅とか一見モブ的なバイプレイヤーが出てきて、そのうちの一人が犯人だったってやつ。犯人じゃないけど。つか犯人と言っちゃうと別の某作品のネタバレになってしまうが、気にしないように。

このさい 筒井康隆 氏の原作小説を読み返してみた。100ページほどの中編なので、1時間ほどで読めた。作者には珍しいジュヴナイルで、以前読んだ時もそう感じたが、実にリラックスして書いているように思われる。私は1976(S51)年初版の角川文庫版で読んだが、同版には他に二本の中編が収録されており、一本は精神分析学をベースに、一本はパラレルワールドをテーマとしたものである。いずれも著者お手のものの分野と言えよう。

思うに小説『時をかける少女』が傑出しているのは、「より強力な超能力者がいた」「モブ的人物の一人がその超能力者」というネタの組み合わせによるものではないか。

弊ブログでときどき披露する物語論だが、よく言われているように物語のネタは出尽くしているかも知れないにせよ、複数のネタの組み合わせには無限の可能性があるのではないかということである。原色は有限だが中間色が無限であるように。 

時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫)

時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫)

  • 作者:筒井 康隆
  • 発売日: 2006/05/25
  • メディア: 文庫
 

 大林監督の映画『時をかける少女』は、プロットは比較的小説を忠実に踏まえているようである。違いは原作小説では明示されない舞台が尾道であること、ボーイフレンド凸凹コンビの超能力者でなかったほう・堀川吾郎*1 の家業が原作では荒物屋で映画では醤油の醸造家になっていること、主人公・芳山和子 のタイムリープ能力が発現したきっかけが原作では交通事故、映画では山門の瓦の崩落事故であることなどを数え上げることはできるが、最大の違いは、映画では主人公・芳山和子 が、より強力な超能力者であり未来人であることが判明するもう一人のボーイフレンド・深町一夫 に対して、思慕の感情を抱いていることではないかと考える。

終盤で謎解きが進むにつれ、別離の運命が避けられないことが徐々に明らかになることにより、せつなさ、喪失感が募るのである。松任谷『時をかける少女』の歌詞には必然性があったのだ。いや共通のタイトルが『時をかける*少女*』である限り、やっぱりあれはネタバレだぞ!

 

身も蓋もないことを言ってしまうと、大林監督『時をかける少女』は主人公を演じた 原田知世 さんを売り出すために存在したような作品だったんだよね。市川崑 監督『犬神家の一族』メガヒットで日本におけるメディアミックスの嚆矢となり飛ぶ鳥を落とす勢いだった当時の角川グループ総帥 角川春樹 氏の、原田 氏への入れ込みは有名だった。

 

ネタバレついでにネタバレを重ねると、私は 細田守 監督のアニメ版『時をかける少女』のほうを、地上波 TV 放送で先に見ていた。ブログカードの角川文庫のカバーがアニメ版のスチールだな。

細田監督『時をかける少女』は原作から20年後という設定で、主人公の 紺野真琴 は 芳山和子 の姪、他の登場人物もすべて原作とは異なるが、実はオチは原作と全く一緒なのだ! すなわち主人公より強力な超能力者がいて、それが主人公の2人のボーイフレンドのうち一人だったという。

それが判明したときの「騙された!」感の爽快さは、原作や大林監督版以上だったように思う。個人の感想です。

細田版『時をかける少女』において、主人公はタイムリープ能力を原作以上に自覚的・主体的に操っている。大林版では主人公はさらに受け身で、タイムリープ能力は主人公にとってほとんど災難のような扱いだった。

また細田版において主人公と二人のボーイフレンドは親密ではあるが恋愛感情は希薄である。よって二人との間隔が等距離に近く、そのことが真相判明時の驚きを増幅してくれたように思う。主人公と未来人は、あらかじめくっついちゃいけないのだ。ラストで告〔こく〕るのはいいにしろ。

すなわち細田版は大林版に比べて原作を大幅に改変しているように見えて、キモの部分はむしろ細田版の方が大林版より原作の精神を忠実に映像化していたのではないか、というのは言い過ぎかな?

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大林監督に話を戻して、なんで私は『時をかける少女』はよくて『転校生』はダメだったんだろう?

大林版『時をかける少女』は、序盤から中盤にかけてはホラーもしくはサスペンスという作りだった。主人公らの住む街を地震が襲うシーンでは、まず古い人形が生命を得たかのごとく動き出す描写から始めるなど。

必然性は薄いが思い出したから書いてしまおう。放課後の弓道部の部活動で、主人公が的の図星を射抜く情景を幻視しながら実際に弓を射るのを中止して、顧問の「おい、芳山!」という声を振り切って立ち去ってしまうシーンが、タイムスリップの前と後の二度も描かれるが、あれは物語中でどういう意味があったのか、理解できない。主人公の不安もしくは心理的不安定を描きたかったのかな?

 

いっぽう『転校生』は、基本はコメディだったと思う。転校してきたヒロインの 斉藤一美 は、教室で幼なじみの 斉藤一夫 を見つけたとき「デベソでオネショの一夫くん!」と叫ぶなど、「そんな奴おらへんやろ?」と思わずにはいられないハイテンションぶりを見せていた。にもかかわらず、一美と一夫の人格が入れ替わって以降は、一美(外見は一夫)については快活さがなりをひそめ、しおらしさばかりが強調された。その不自然さは、わりとよく指摘されていたように思う。「男っぽい女の子」「女っぽい男の子」を描くということで、コメディとしては必然性があったのだろうが、また観客席から笑い声が上がってはいたのだが、私は乗れなかった。

 

「これはどうしてもダメだ!」と思ったシーンがある。女っぽくなった一夫(中身は一美)に違和感を持った一夫の悪友たちが、無理やり一夫のズボンを脱がしてしまい、一夫はそれがショックで何日も登校できなくなる。それを知った一美(中身は一夫)は復讐として、他の生徒たちの前で首謀格の悪友のズボンを暴力的に脱がしてしまう。

これらはまごうことなき性暴力ではないのか? 笑えるのかな? 40年前だったとしても。

 

他にも思い出せるところを並べると、終盤のほうで家出した一夫と和美が、連絡船の宴会で酔って正体をなくした大人の団体客に紛れ込んで旅館にまでついていってしまうシーンなど、「こんなことあるわけないやろ」というシーンがいくつもあった。前回のエントリーに書いたように、笑いより共感羞恥が先に立った。少なくとも私の感想として。

これには私が個人的に宴会というものが大っ嫌いであることも、影響しているかも知れない。

 

してみると、「笑い」という感情は、ホラーやサスペンス、あるいは悲しみや喪失感より、時代の影響を受けやすいのだろうか? ドラマを「悲劇」と「喜劇」に分類するのは古代ギリシャ時代より行われているというが、喜劇の寿命は悲劇より短いのだろうか?

パロディなんかは確実に、時代が変わるとわからなくなっちゃうよね。直近にこんなホッテントリがあった。萩尾望都 氏『ポーの一族』どころか 魔夜峰央 氏『パタリロ』自体、知らない世代が増えてるんじゃないだろうか?

togetter.com

 

ただしこれも前回のエントリーに書いたように、「思春期の性」というテーマは、いかにも惜しい。今の時代でも通用するよう、なんとか上手く料理できないだろうか。

すごいこと思いついた! 原色は有限だが中間色は無限。「男女入れ替わり」単独ではなく「タイムリープ」というネタと組み合わせたら、大ヒット間違いなしの画期的な作品になるのではないか? 

え゙、誰かもうとっくにやってる? そんなばかな…

君の名は。

君の名は。

  • 発売日: 2017/07/26
  • メディア: Prime Video
 

*1:原作では浅倉吾郎だが、2020年7月4日放送のテレビ東京「出没! アド街ック天国」によると、広島県竹原市に実在する堀川醤油店をロケ地に選んだ際、敬意を表して変更したとのこと