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エヴァンゲリオンの新作は旧劇場版を超えられないんじゃないかと考える理由

金曜ロードショーで1月15日から「3週連続 エヴァンゲリオン」というのをやっている。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版は去年の8月にNHK総合で地上波放送をやったばっかりじゃなかったかと思うのだが、新作映画のプロモーション企画であろう。肝心のその新作が公開再延期になってしまったことは、ネットではわりと話題になっていたようだが。

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表記がややこしいな。本エントリーでは「エヴァンゲリオン」に統一させていただく。

新劇場版は「序」「破」「Q」とも二度以上観ている。地上波ばっかりだけど。

個人的感想としては「序」がいちばんよかったと感じ、だんだん満足度が低下していった。特に「Q」に関しては、NHK鑑賞後…

などというツイートをしたのだった。

セリフが聞き取りにくいのは、最初のTVシリーズの頃からそうだったように思う。登場人物の会話の音声レベルに、大小の差をつけ過ぎなのだ。演出の好みだろうけど、私は苦手だ。

絵柄に関しては、Q はCGばっかりじゃね? これも美術監督の好みだろうけど、私は苦手。山や海や街並みの中にCGが埋め込まれているのだったら、まだよかったが。

ストーリーに関しては、「謎謎詐欺」という言葉を弊ブログにも何度か書いた。野放図にばら撒かれた謎もしくは伏線もどきがきっちり回収されることは、もはや誰も期待してないんじゃなかろうか。

 

と悪口を並べつつ、 視聴の機会があるとつい観ちゃうんだよなぁ。主人公の碇シンジがエヴァンゲリオンに搭乗するきっかけとなったエピソードとか(重傷を負った綾波レイが代わりに出動させられそうになるアレね)、「序」の締めとなった「ヤシマ作戦」のエピソードとか、観るたびによくできていると思う。

 

しかし、今後公開されるエヴァンゲリオンの新作は、どれも旧劇場版すなわち「シト新生」と「Air/まごころを、君に」の二部作(1997年:「Air」と「まごころを、君に」を二作と数えると三部作か。どっちでもいいや)を超えられないんじゃないかという予感がする。

なんでそう考えるかというと、「Air/まごころを、君に」で使ったギミックを、繰り返し使うことができないからだ。

そのギミックというのは…ネタバレも含まれることだし、ここでもったいぶって一旦 CM を入れる。

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「主要登場人物を一人ずつ殺す」というのを、 やっちゃっているからだ。

「Air」においてはネルフのメンバーが一人一人落命してゆき(だよね、あれ)、葛城ミサトは有名な(?)「帰ってきたら続きをしましょう」というセリフを遺したりする。「まごころを、君に」ラストに至って、人類で生き残っていると思しきはシンジとアスカ・ラングレーの二人きりになってしまうのだ。

 

この主人公グループを一人一人殺すというギミックは、さかのぼるとしたら他にもあるだろうけど『水滸伝』が思いつく。拙過去記事に書いたことがあるが古い作品だけあって、読んでいると現代と価値観がぜんぜん違っていて面白い。主人公グループでさえ人を殺すことをなんとも思っていない。これと思った人材を仲間に引き入れるため、無辜の他人を一家皆殺しにしてその濡れ衣を着せたりする。ところが親不孝だけはタブー中のタブーなのだ。儒教の影響だろう。

 

一気に時代を下って、不朽の完成度を誇ると言えそうなのが黒澤明の『七人の侍』だろう。『水滸伝』ほどではないにせよ1954年という歴史的といっていい昔の作品だが、こちらは現代でも違和感なく鑑賞できるのではないだろうか?『マグニフィセント・セブン』というリメイクが2017年に公開されているが未見。ちょっと触れたいのは古い方の1960年のリメイク『荒野の七人』で、受けが良かったためか続編が四作まで作られている。全部は観ていないが『続・荒野の七人』は前作で生き残った主人公が新たなメンバーを集めるというものだった。さすがに二番煎じの感は否めなかった。観ていないシリーズ作品に何か新しい趣向はあったのかな? まさか全部同じパターンってことはあるまい。

 

何が言いたいかというと、このギミックは二度はできないのだ。二度やっちゃダメなのだ。

にもかかわらず二度以上やってしまったシリーズは、探すとあるなぁ。 

やはり過去記事に書いたことがあるが、1960~70年代の古いマンガ『ワイルド7(セブン)』はタイトルの通り7人の主人公グループだが、中途の「運命の七星」編というエピソードでメンバーが一人一人殉職してゆき、ラストで実は全員が生きていたというのをやらかして、最終エピソードの「魔像の十字路」編というのでメンバー全滅をもう一度やったのだった。

『ワイルド7』のリアルタイムの読者は、作者が主要メンバーを登場させるのを忘れたりゲストキャラの設定を忘れたりといったやらかしをしょっちゅうやっていたので、多少のことは大目に見ていたのではなかろうか。

 

ある意味エヴァンゲリオンが似た運命をたどっているのが『宇宙戦艦ヤマト』シリーズじゃないかと思う。初回1974年オンエアの最初のTVシリーズはヒットしたとは言えなかったが、その総集編的な劇場版第一作(1977年)が大ヒットしたのだった。それで作られた劇場版第二作『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(1978年)において、艦長・沖田十三を除きほぼ全員が生き残っていた前作の主要メンバーを、一人一人死亡フラグを立てつつ殺すというのをやった。

これが第一作をしのぐ大ヒットとなった。

そのためよせばいいのに(と当時の多くのファンが思ったことであろう)劇場版第二作を踏まえたTVシリーズ第2作『宇宙戦艦ヤマト2』というのが放送されることになった。そしてこの作品のラストでは、映画版では死んだはずのメンバーがほぼ全員生き残るのである!

つまり物語世界が枝分かれしてしまったという意味で、エヴァの先達とも言える。そんな先達いらんか。

宇宙戦艦ヤマトの新作が現在に至るまで製作され続けていることは、ご存知の通り。次作は『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』だっけ?

 

劇場版新作公開中ということで『美少女戦士セーラームーン』シリーズにも触れねばなるまい。触れなくてもいいけど。

TV版無印ラスト(1993年)のいわゆる「全滅回」は、検索したらピクシブ百科事典にもアニオタwikiにも詳細な項目が作られていた。なんだこれ超力作! 読みふけってしまったではないか!

dic.pixiv.net

w.atwiki.jp

セーラームーンの場合、ラストでリセットされたことになりセーラーチームら主要登場人物は『美少女戦士セーラームーンR』以降のシリーズでも引き続き活躍するのである。

 

というわけで(いつもながらどんなわけだ?)、エヴァンゲリオンはどうすればいいんだろう? もし「じゃあお前が代案を出せ」と言われたら(言われない)ちょうど『宇宙戦艦ヤマト』の近年のTVシリーズみたいに、キャラクターを描き直してストーリーは過去のものを再話する、なんてのはどうか?

 いやエヴァはヤマトほどには絵柄もアニメーション技術も古びているわけではないから、作り直すとしたら意義が少ないかな?

では比較的風呂敷を上手に畳んでいるということで、貞本義行作マンガ版『エヴァンゲリオン』を忠実に再アニメ化する、なんてのは? 今の方針で「謎謎詐欺」の収拾がつけられるとは、とても思わないから。

なんか期せずして現スタッフをめちゃめちゃdisってしまったという自覚がある。