しいたげられたしいたけ

今からでもオリンピックを中止しろ! 大勢の人が死ぬぞ!

フィクションのくっそ不味そうな食い物選手権

相変わらず「乙女語」を引きずっております。

はてなブロガーの まけもけ(id:make_usagi)さんが6月20日付で公開されたエントリーには…

www.gw2.biz

 

例によって空気を読まず

我が祖国であるツイッタランドでは今 #乙女語 か #乙女語 ではないかの当てっこをやって遊んでいます。「フランスパン」は乙女語ではないが「バゲット」は乙女語である可能性が高い。どや?

というブックマークコメントをつけ、ツイッターにも流しました。

 

すると まけもけ さんからツイートのほうに…

というリプをいただきました。 合わせていただいてありがとうございます。

 

しかし…うーん、ここで考え込んでしまいました。「たまごかけごはん」が私の乙女語センサーには、ぴくりとも反応しなかったからです。

 

何度か書いているように乙女語の判定基準は個々人の主観であるので、判断が分かれることは当然ありうるとしても、なんでだろうと少し考えを巡らせた。

細田守監督のアニメ映画『バケモノの子』が思い当たった。

バケモノ界に紛れ込んだ主人公の少年・蓮は、熊徹というおっさん獣人の世話になるのだが、熊徹の家で出された食事のたまごかけごはんが、すさまじく不味そうだったのだ! 人間離れしたメシに大量の生タマゴをぶち込むわ、主人公に「生臭い!」と叫ばせるわ、あげく黄身に染まった米粒を撒き散らしてケンカさせるわ…

あのシーンを覚えていたので、どう考えても「たまごかけごはん」と「乙女語」は相容れないと思ったのだきっと。

 

書いていて思い出したのだが、ダスティン・ホフマン主演の映画『クレイマー、クレイマー』の前半には、たいへん汚らしいフレンチトーストの作り方をするシーンが出てきた。『バケモノの子』はあのシーンの影響を受けていたのだろうか? 偶然の一致で男親と卵黄は相性がいいのだろうか? いらんわそんな相性。  

バケモノの子

追記:

父親と溶き卵つながりで、とんでもねー記事を思い出した (´Д`;; 閲覧注意です。つか会員限定記事でラッキーだったと思え! 読んでもらいたいんかもらいたくないんかどっちだ?>自分 

digital.asahi.com

追記おわり

 

考えてみれば、フィクションで描かれる食べ物は一度食べてみたいと思わせるほど美味しそうに描かれることが多いのだが、逆に「くっそ不味そうな食べ物」というと、どんなのがあっただろう?

 

次に思い出したのはスタジオジブリの『おもひでぽろぽろ』に出てくるパイナップルだった。かなりの長時間を費やして、期待から落胆に至る過程が描かれていた。「やっぱり果物の王様はバナナね」という余計なセリフまでつけて。何かを褒めるときに別の何かを貶すのはいけないんだぞ! 私もよくやるけど。

しかし、不味そうではあるけど、くっそ不味そうというほどではなかったなあれは。

 

「乙女語」の一連の拙エントリーでは、最初に太宰治を出したのだった。今年はもう過ぎてしまったが「桜桃忌」は6月19日である。その名の元となった短編『桜桃』に描かれた桜桃すなわちチェリーも、くっそ不味そうほどではないがなかなかに不味そうであった。桜桃、チェリー、さくらんぼの中では、さくらんぼの乙女語度が一番高いかな? 「隣同士あなたとあ~たしさくらんぼ~♪」今回はその話をしてるんじゃない。

 

しかし、ここでまたしても疑問に突き当たった。ジブリ映画と言えば『火垂るの墓』に出てくる数々の食べ物は対象に含めていいのかに始まって、戦争に取材したフィクションに登場する食べ物を扱ってもいいのか、ということだ。武田泰淳『ひかりごけ』や大岡昇平『野火』なんてものもあるのだ!

 

しかし戦争題材のフィクション一律除外などと言い出したら、あまりにも不自由である。言論弾圧という言葉をここで使うのは明らかに適切ではないが、それに似た感覚が脳内に湧き出る。

ガンダムもダメやん!

 

ちょっと思いついたのは太宰治つながりで、フィクションに悲劇と喜劇の二分法を適用して喜劇限定で、というのはどうかだった。

これも巧く行きそうな気がしない。一例だが水木しげる の『娘に語るお父さんの戦記』(河出文庫) に代表される一連の戦記ものは、戦闘自体の描写は悲劇そのものだが、入営に始まる軍隊生活の描写は、著者ご自身にとってはたいへんなご苦労であっただろうが喜劇の雰囲気を濃厚にまとう。

『お父さんの戦記』に出てくる飯盒炊爨のエピソードは文字通りの「くっそ不味そう」以外の形容を許さないが、詳述は避ける。 

 

「喜劇に見せかけて実は悲劇」あるいは「悲劇だが希望を描くため最終盤で喜劇」といった手法を用いている作品は多数あるわけで、古典的な悲劇と喜劇の二分法が通用するわけがないのだ。

 

それでも「フィクションに出てくるくっそ不味そうな食い物」を集めてみたいという誘惑は断ちがたいものを感じる。個別に判断するという手があるか。しかしハッシュタグを提唱して他人にまで呼びかけるのは、どうだろうと気が引ける。

 

と言っても私が自分でハッシュタグを新設したことは、まだないのだが。その最大の理由は「誰も乗ってくれなかったらどうしよう」という不安である。

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