しいたげられたしいたけ

空気を読まない 他人に空気を読むことを要求しない

【創作落語】決定往生(その3:完結)

www.jmdp.or.jp

三日目とあいなりました。これまで同様、観音さまの参道で、和尚さんが踊り念仏を唱え、長さん文さん駄ぁさんが寄進を募っております。
(お囃子)
和「決定往生 八十億人 なむあみだ なむあみだ 決定往生 八十億人 ありがたや ありがたや」
そこへさして、二人連れが歩いてまいりました。
一人は地味な小袖の着流しに角帯を締めた平凡な見かけながら、歩くしぐさがまるで流れるような風に乗るような、常人離れしたものを感じさせます。
もう一人これは雲突くような大男、しかもただでかいだけじゃない、しぼりの浴衣の表からあふれ出る気が世を覆わんばかりの気配がいたします。
念仏札を配り寄進を募っていた長さんが、まず二人に気づきます。
長「おい、あれ大相撲の雷電為衛門じゃねぇか?」
文「おとっつぁん、もう一人は歌舞伎の市川團十郎ですよ!」
二人は念仏踊りを踊る和尚さんを見つけて尋ねます。
團「これは何をしておいでだね?」
長「これは成田屋の團十郎さんでございやせんか?」
團「今日は微行だ。その名で呼ぶのは勘弁願いてぇ」
文「じつは近所の長屋に病に冒された八つの女の子がいまして、その子を治すには50両の金がかかります」
雷「なんとそれはお気の毒な」
駄「こちらは雲州松平様お抱えの無敵大関雷電さんでは?」
雷「まあまあ今日は忍びなので…とはいえこの体を隠すのはたやすいことではないが」
やりとりに気づいた和尚が、踊り念仏を中断してやってまいります。
(お囃子、止む)
和「これはお二人の目に留めていただくとは光栄な。50両を集めるため、こうして念仏札を配り、寄進を募っておるのです」
團「なんと殊勝な心がけ。我らと言えど後生は願いたい。今日は観音さまのご利益をさずかりに参ったが…なあ為衛門殿」
雷「ああ、團十郎殿。ささやかながら功徳を施しとう存ずる。よろしいかな和尚どの、よろしいかな皆さん?」
和「それはもったいない。ありがたくお受けします。ぜひおねがいします」
こうしたやり取りをしている間に、二人に気づいた参拝者たちは、みるみる人だかりを作ります。
その真ん中に、まず團十郎が進み出てすっくと立つと、なにごとが始まるか当時の人はみな察します。これぞ荒事の元祖、弁慶の勧進帳! 普段着に化粧なしの素っぴんとはいえ、天性に加えて幼いころから仕込まれた所作は、てっぺんからつま先まで流れるような芸術でございます。その流れが見得を切る位置でぴたりと止まり、大目玉を剥いて周囲を見回すと、誰もがその素顔に隈どりが現れたように見紛います。
そして勧進帳の台詞に替えて称えるは「南無阿弥陀仏」!
観衆は、やんややんやの大喝采であります。
團十郎が一礼して下がると、代わって歩み出るのが雷電関。薄い浴衣のもろ肌を脱ぐと、隆々と盛り上がった筋肉を包む肌はあくまで白く、それが深々と腰を割ると、たちまち桃色に上気してまいります。もうここで観衆から、はぁという溜息がもれるのが聞こえます。そして下した腰から片足を高々と跳ね上げ、どすこいの代わりに称えるは「南無阿弥陀仏」!
あたりはもう熱狂の渦でございます。
すかさず長さん文さん駄ぁさん駆け寄って、それぞれ念仏札を團十郎雷電に手渡し「どうかお配りください」人々は團十郎雷電手ずから札を貰おうと押しくらまんじゅう。長さん文さん駄ぁさんは、声を限りに「ご寄進を! やまいの娘を救うためのご寄進を!」と叫びますと、札を受け取った善男善女われ先にと浄財箱に銭を突っ込むのでございます。「ありがとうごぜぇやす、ありがとうごぜぇやす、ありがとうごぜぇやす」…

 

熱狂が去って人の輪が解け、團十郎と雷電はにこやかに手を振って、観音さまのお堂へと向かいます。和尚さん長さん文さん駄ぁさんは、ずっしりと重くなった喜捨箱を抱え、二人の背中へ頭を地面にすりつけんばかりのお辞儀をいたします「感謝してもし切れません、ご恩は一生忘れやせん!」
駄「あれ、でもおかしくねぇか?」
長「何がおかしいんでぇ?」
駄「なんで團十郎さんと雷電さんが一緒にいるんだ?」
長「観音さまの参道だからだろう」
駄「そういうことじゃなくて、スマホでちょいと検索すると」
長「そんなもんを出すんじゃねぇ!」
駄「いいからちょっと待て、初代團十郎は元禄十七年没、西暦で言や1704年、江戸時代前期の人だ。いっぽう雷電は文政八年、西暦1825年の没、活躍は江戸時代中期だ」
長「細けぇことはいいんだよ。團十郎は初代ではなく何代目かの團十郎だろう」
駄「それにしては語りが初代だったぜ」
長「あんまりうるさいことを言うと、今度は幕末から落語の三遊亭圓朝を呼ぶぞ!」
ひえっ! これだから素人のホン書きは恐ろしい! 現役の噺家の誰に圓朝師匠をやらせようってんでしょう?

 

あだしごとはさておいて、便利な言葉ございます、これだけ出鱈目をやっておいて、あだしごとの一言でリセットされてしまうんですから。
あだしごとはさておいて、四人は寺に戻り、喜捨箱の中を改めます。
長「すげぇじゃないか、この銭の山! 一朱銀、二朱銀までがいくつも混ざっているぜ。これらは別に取りおいて…」
文「九十八、九十九、百。これで百文の束がまた一つできました!」
駄「ひのふのみの…とう、百文の束が十で千文、一貫だ。これこれまとめて一両とすると…全部合わせて50両にはほんの少し足りねぇが…」
和「48両というところかな。ありがたやありがたや、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
文「秋葉48両じゃなくて浅草48両ですね」
和「どこから秋葉さんが出てきたんじゃ。48という数字は、とてもありがたい数字なんじゃ。そのうちよくよく説法してやろう」
長「阿弥陀さまの四十八願ですかい」
和「珍しくまともなことを言うではないか」
長「48両は縁起がいいが、せっかくだから50両、耳を揃えたい。ここは4人で二分ずつ足して50両にしてやらねぇか?」
文「おとっつぁんが最初に言い出した50両ぜんぶ出すってのに比べたら、物の数ではありませんが、ここまで一緒にお骨折りくださった和尚さんと駄ぁさんに、さらに甘えるのは心苦しゅうございます」
駄「おいらはいいぜ。きれいに終わりてぇや。和尚さんは?」
和「やれやれ、二分か。安くはないぞ。あったかな」
和尚さん、立ち上がって物入れの引き出しを引き出したところ、勢い余って全部引き出してしまい、がっちゃん! 中身が床に散らばります。
和「あっ、まずい!」
あわてた和尚さん、これまでの威厳はどこへやら、床の上にはいつくばって散らばったものを隠そうとなさいます。
長「和尚さん、大丈夫かい! あっ、なんだ、この山吹色の小判の山は!」
文「すごい数だ! 50両はある」
駄「和尚さん、ひょっとしてこれは、ご本尊を売っぱらった代金ではないんですかい?」
和「このカネは、次の子を救うためにとっておく」

f:id:watto:20210816221410p:plain

https://www.irasutoya.com/2018/11/blog-post_619.html よりお借りしました

スポンサーリンク