統一地方選について「はてなブログ」相互さんの何人かの方が印象的な記事を書かれているので、私も何か書かなきゃと思った。
地方自治に関して、もっと言うと間接民主制に関して、とおりいっぺんの学校的知識を持ち合わせていない人のほうが少ないはずだが、それでも投票率は高いと言えず、それどころか候補者さえなかなか集まらない自治体もあるという。
間接民主制の「有権者の意志を国政や地方行政に反映させ、権力の暴走を監視する」という理念は、決して絵空事ではなく意外なほど身近なイシューも含まれると私は考えるのでそれを述べてみたい。
行政の担当者レベルの誤解や、場合によっては悪意による不適切な対応の当事者になったとき、それが明らかに不当、もっと言えば違法なものであっても、それを個人の力で正すのは意外と難しいのだ。
窓口担当者にも権力はあり、間違いがあれば指摘することも「権力の暴走の監視」に他ならない。
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具体例としては、一昨年の子育て給付金10万円がDVで別居中の元配偶者の口座に振り込まれそうになった事案について、過去にエントリーを書いたことがあった。
このときは当事者がお住いの市議さんと相談し窓口に同行してもらうことによって、決定を覆し自分の口座に振り込んでもらうことができた。市議さんに権力があるということではない。地方議員であれば国からの通達を入手できるはずだから、それを示せば担当者は逆らうことができない。
そうした行為もまた「権力」と形容できるかもだが、語感にそぐわない気がする。
実はこのときの通達の実物を、私は見ていない。実物を示せるのは、地域労組経由で入手した労働契約法第18条に規定された無期転換ルールの円滑な運用を求める厚労省発出の通達だ。これを使って地域労組は、大学非常勤の5年雇止めを何件か阻止することができた。
厚労省のサイトは見つけることができなかったので、同じもののあった東北大学職員組合さんのサイトへのリンクを貼る。地方議員と労組は別だから今回の趣旨から外れる気もするが、私個人では入手できなかった点が共通しているということで。
https://tohokudai-kumiai.org/docs19/nws190320.html 経由。
残念ながら東北大学の非正規職員雇止め訴訟は、現時点では好ましい判決が出ていない。
非常勤講師の5年雇止め訴訟に関しては、専修大 で上告審が撤回を求める原告側勝訴の判決確定、羽衣大 で1審敗訴した原告側が控訴審で逆転勝訴した記事のブログカードを、4月6日付拙過去記事に貼った。
弊ブログでたびたび繰り返しているよう鈴鹿大学に対する訴訟は現在進行中である。
大阪大学は非常勤教職員が「派遣だ」という、これもまた驚くべき理由で雇止めを行おうとしている。微力だが無力でないことを信じてブログカードを貼り原告側を応援します。
#阪大非常勤教職員は一律5年でクビ
— 大阪大学非常勤講師雇止め争議 原告を支える会(略称:阪大裁判原告を支える会) (@Unitepartimelec) 2023年4月21日
5年、10年でで非常勤教職員のクビを切ることを阪大は「シンプルで柔軟な人事制度」と呼んでいます。
当然ながら、阪大本部の人たちにはこういった人事制度は適用されません。
あくまでも非常勤教職員だけに適用される人事制度です。https://t.co/Ed2TirUjDz
乱暴に要約すると、DV元配偶者の件は担当者の錯誤っぽかったが、大学非常勤雇止めのように意図的な横車押しに対しては、通達を示すだけでは効果が薄いということだろうか。
地方議員の役割に話を戻す。ネット経由で少し知識のある案件なのだが、現在係争中であり実在の個人のプライバシーに関わることなので詳細を書くことはできないから、概略のみでご容赦を願います。
生活保護案件である。地方議員に同行してもらうと申請が通りやすくなると言われることがある。これも議員に権力があるのではなく、議員が通達など情報を持っているということだと理解している。
だが市議さんに助力を依頼してもダメ、お金を払って弁護士に依頼しても保護が受けられないという事例があるのだ。どうも悪名高き扶養照会が壁になっているようだ。
扶養照会は身内に知られたくないということで申請のハードルになることが報道されているが、その他に「毒身内」と言うべきか「扶養する」と言いつつ実行しない身内がいると、詰んでしまうようなのだ。
もし私に裁判を支えられるだけの財力があれば、とさえ思ってしまう。最高裁までで約400万円と聞くのでとても無理だが。
しかも、こと生活保護に関しては、行政が容赦なく争う姿勢を見せる。減額を争った控訴審で原告の受給者が敗訴した報道は記憶に新しい。この裁判も支援者(たち)に支えられていると想像する。
大阪高裁の判決ほど大きく報道はされなかったが、車の運転記録を提出しなかったという理由で生活保護を停止した鈴鹿市に対して1審敗訴の判決が出たが市側が控訴したという地方紙の報道もあった。
「限界がある」と一言言いたかったために事例を集め始めたら、書いていてどんどん気分が重くなってしまった。
今回、言いたかったことはシンプルである。地方選挙で入れたい候補の基準がわからないという人は、普段から「生活相談」という看板を掲げている人を探してみてはいかがでしょうか? 誰にだって「まさか」の事態は起こりうる。そういう時に限界あるにせよ現実的メリットに結び付けられる可能性があるというのが、その理由である。
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