しいたげられたしいたけ

#日本学術会議への人事介入に抗議します

新城市湯谷温泉駅そばの温泉宿に一泊して長篠戦跡などを見てきた(その1)

またしても発端は実家の身内である。最近、弊ブログへの登場頻度が多いな。

西浦温泉に行ったことがなかったから、温泉宿に電話して予約を取ったので、連れて行けと言われた。西浦温泉というのは愛知県の三河湾沿いにある。

以前からそんなようなことは言っていたので、今さら驚きはしなかった。

ところが場所を検索して驚いた。新城市の湯谷温泉というのがヒットするではないか! 愛知県の東端、静岡県境ちかくにある、山ん中だ。方角がぜんぜん違うのだ!

なんでそんなことになったかというと、身内が参照したのは10年近く前に亡くなった父親が遺した宿の電話番号が載っている時刻表だった。亡くなる前に、宿を探して泊まり歩いていたらしい。それでまだ行ったことのないところに電話したとのことだった。

宿の名前に「はづ」とついていた。西浦温泉のそばに幡豆〔はず〕という地名があるので、勘違いをしたらしい。

そのことを説明したが、構わないから連れて行けと言われた。何を言っているのかわからねえと思うが、俺もわからねえ。

 

で、湯谷温泉に行くのはいいけど、どこが見たいのかと尋ねてみた。どっか適当に調べてくれとの返答だった。やれやれ。

ところが検索すると、思った以上に見どころが多かった!

また名前だけを頼りに電話したという宿も、後述するが GoToキャンペーン の手続きをぜんぶやってくれるなど、至れり尽くせりだった。

結果オーライというやつであろう。だが結論を述べるのは先を急ぎすぎている。まだ何も語ってはいないので。

以下、時系列的に述べる。深刻な話は出てきませんので、よろしければお気軽におつき合いください。

目次

 

道の駅もっくる新城

実家から目的地へは、第二東名を経由すると便利だった。新城ICを下りたすぐのところにあったので、そこで休憩した。

新しい道の駅である。第二東名の延伸が、そんなに昔のことではない。

「もっくる」というのは、あとで観光施設の人にきいたところによると「木〔もく〕」と「作る」からの造語だそうだ。

この木製のドームは、確かに目を引く。

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エントランス。

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内部。

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地元の生産物が並んでいた。

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施設はここだけではなく、観光案内所もあった。また足湯もあったがこの日は営業していなかった。

観光案内所でガイドマップを貰って調べると、新城市設楽原歴史資料館というのと、長篠の合戦設楽原古戦場というのがすぐそばだったので、見に行くことにした。

 

新城市設楽原歴史資料館

銅像は、地元出身で幕末期に外国目付奉行を務めた岩瀬忠震〔いわせただなり〕像とのこと。

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弊ブログ勝手に恒例、文字起こし。改行位置、変更しています。以下同じ。

岩瀬肥後守忠震公の像
 忠震は江戸麻布我善坊の旗本設楽家に生れ、岩瀬家へ養子。昌平黌に学び徽典館学頭を務む。老中阿部正弘に抜擢されて目付となり、尊王攘夷、風雲急を告げる幕末に於いて開国論を主唱し、外国奉行として米・蘭・露・英・佛との安政の修好通商条締結に盡瘁す。乾坤一擲、開国の偉業は実現するも、井伊大老に忌避されて濹東に閉門蟄居、可惜四十三才にして前途有為の一生を了えられた。
 今日、設楽・岩瀬両家とも継嗣なく、忠震公の偉業を公布顕彰すべく世襲代官瀧川家第三十四代滝川一興発願と寄付により、斯界の巨匠卒寿中村晋也氏に懇望、その制作になる忠震公立像が遂に完成。郷党諸士の協力を得て、設楽家の陣屋があった、この竹廣の故地に建立されることゝなった。忠震公と第二十九代瀧川一清との水魚の交わりが偲ばれる。
 平成二十八年四月吉日
  第二代忠震会会長 滝川一興 謹誌
 題字揮毫 新城市長 穂積亮次
 制 作 日本芸術院会員 中村晋也

 

エントランス。

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入場チケットとパンフレットは、あとで出てくる新城市長篠城址史跡保存館というところと共通だった。

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パンフレットを開いたところをスキャンした3分の2。トリミングした3分の1にはFacebookページへのQRコードなどが載っていた。また裏面には周辺のマップが載っていた。

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館内は撮影禁止だったのでスマホ写真はありません。全長約3メートル口径約4センチの大型火縄銃はじめ、50丁はくだらないと思われる多数の火縄銃の展示が目を引いた。

それから長篠・設楽原の戦いに関する展示、また岩瀬忠震には1ブースが割かれていた。横浜開港の立役者だそうだ。

 

設楽原古戦場

設楽原歴史資料館のすぐそばにあった。

この建物は背後から見るとただの工場か倉庫のようだった。

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馬防柵が再現されていた。

この幟と看板の付近に、無料駐車場があった。言い忘れたが先ほどの設楽原歴史資料館の駐車場も無料、これから出てくる各施設の駐車場は、ぜんぶ無料だった。地味にありがたい!

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  馬防柵
 天正三年(一五七五)「設楽原の戦い」に用いられた馬防柵を再現したものである。連吾川に向かって右側の下手に徳川軍のものを、左側の上手に織田軍のものを、区別して構築してみた。両者の様式には、攻口(出入り口)の設け方に違いが認められる。
 当時、天下無敵とうたわれた武田の騎馬隊をこの柵で防ぎ止め、その内側にあって鉄砲でねらい撃ちにするため造られたもので、延長二粁余に及んでいた。決戦の正面となったこの連吾川沿いに三重の柵を構え、背後の弾正山を越えた西側を流れる大宮川沿いには、さらに一重の柵を設けて万一に備えていた。
 織田・徳川連合軍にとっては、勝利を呼ぶ重要な布石であり、逆に武田軍にとっては、勝利を阻む痛恨のしがらみとなったのである。
  設楽原をまもる会

 

すると駐車場からとっつきのこのあたりは、織田軍のものかな?

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「設楽原古戦場いろはかるた」という看板は、広い範囲のあちこちに設置されていた。

もう少し説明してくれないとイマイチわかりづらいな。

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武田方の武将である土屋昌次の戦死地であることを示す石碑。

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「名和式鉄砲構え」。駐車場から見て奥にあるこのあたりは、徳川軍の造営を模したものだろうか。

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新城市長篠城址史跡保存館

昼食休憩を挟んで訪れた。

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1回はトイレと吹き抜けで、展示室は2階のみ。設楽原歴史資料館に比べると、ちょっと小さめだった。

展示物は長篠の戦い中心で、武田方に捕われて磔刑にされた鳥居強右衛門〔とりいすねえもん〕の絵や彩色像が、なぜか何種類も展示されていた。

 

設楽原古戦場から長篠城址までは、車で10分ほどの距離がある。

ガイドマップを見ると、一口に長篠の戦といっても史跡は新城市中南部の広い地域にまたがっている。

私の現住所の近くには桶狭間の古戦場があるが、体感的に比較にならない広さである! いや、桶狭間関連の史跡も、大高城址や沓掛城址まで含めたら、かなりの範囲になるのか? いや、それをやるとキリがない。

何が言いたいかと言うと、桶狭間の時期と、長篠の時期では、戦の規模にかなりの違いがあったのではないかと思ったのだ。桶狭間の時期の信長は、せいぜい尾張一国を支配する小~中規模の大名にすぎなかったが、長篠の時期には畿内含め十か国以上に勢力圏を広げていた。いっぽうの武田家も、甲信駿遠に百万石以上の領地を有していた。

要するに桶狭間は戦国トーナメントの地区大会、長篠は全国大会でも終盤戦だったわけである。

このへんの規模の違いをフィクションにうまく表現できたら、他の人があまりやっていないユニークなものができるんじゃないかな? 誰かもうやってるかな?

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愛知県民の森

長篠の戦跡は一旦ここまで。時間が早かったので、少し山の中に入ってみた。

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その、ほんのとっつきのところを散策してみた。

これは駐車場のすぐそばにあったモリトピア愛知という、公園の中心施設。宿泊設備、レストラン、浴場などがあるそうだ。

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モリトピア愛知の前を通り抜けると、Aキャンプ場というのがあった。他にもBキャンプ場など、キャンプのできる場所が何か所かあるようだ。

この日はシーズンオフで平日だったため、利用客はバーベキューをしていた若いカップル一組だけだった。

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Aキャンプ場の敷地にあった「すぎの木センター」という施設。集会場に使われたりするのだろうか?

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キャンプ場からちょっと足を延ばすと、砂防ダムが滝みたいになっているところが…広大な敷地には散策路が整備されていて、オリエンテーリングなどに活用されているのだろうなと思った。

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宇連ダムと鳳来湖

同行者が健脚ではないので、車から見られそうなところということで、愛知県民の森の近くにあった宇連ダムというところを見に行った。

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鳳来湖。

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ブログに先だって同じ写真をツイッターに投稿したところ、FF さんでもある 天宮社 (id:amemiyashiro)さんからご教示をいただきました。感謝します。

 ダムカード、知りませんでした。今回は間に合いませんでしたが、調べてみます。愛三岐に車で行けるダム、多いんですよね。

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チェックイン

周辺には他にも乳岩峡など見どころはあったようだが、チェックインできる時間になったので一旦宿へ。

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投宿時に身分証明書のチェックと検温があり、GoToトラベルのシステムについて説明があった。割引率、高っ! いや、知識としては持っていたけど。

クーポン券も貰った。なんかすみません。すげーすみません!

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宇連川とJR飯田線湯谷温泉駅

夕食の時間まで間があったので、宿の周辺を徒歩で散策した。

宿でもらった絵地図の一部。「はづ」と名のつく旅館が何軒もあった。

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宿のすぐ裏手を流れる宇連川。うらがわ に うれがわ、なんちて。

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上の写真のすぐ左側を走るJR飯田線。同じ橋の上から撮った。知ってはいたけど、すごいところを走っているもんだ。

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運よく走り去る電車が撮れた! ラッキー!

気動車ではなく電車で間違いない。これもちょっとすごい。

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川を隔てた最寄駅の湯谷温泉駅。

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なお宇連川に浮かぶ馬の背岩というのが、宿から間近に見えたのだが、写真を撮りそこなった。残念。巨大な一枚岩のようだった。

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宿の夕食

前菜。造り、マツタケの土瓶蒸しなど。

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子持ちアユ。

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牛肉の朴葉味噌焼き。

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マツタケご飯と赤だし味噌汁。

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他にも蕎麦の小鉢や揚げ物、それにデザートなど、何品も供された。

写真は撮れないけど天然温泉の風呂もよかった。

繰返しになるが、結果オーライというやつだ。

二日目は次のエントリーで。

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