今年のアジサイ見(という単語があるのか?)は、3週間前に愛知県稲沢市の大塚山性海寺公園というところへ行った。ちょうど「稲沢あじさいまつり」(6/1~19)というのが始まったという情報を受けてである。
だがそこかしこで見かけるアジサイは、それからずっと咲き続けている。アジサイは比較的寿命の長い花なのかも知れない。
「あじさいまつり」の期間は過ぎたが、来年以降の参考にするため性海寺歴史公園の様子が今どんなになっているか見ておこうという気になった。幸い同公園は、実家と現住所を往復するルートからほんのちょっと外れたところにある。夏至直後の日の長い時季でもあるし、寄り道するのは苦にならなそうだった。
スポンサーリンク
駐車場。ここ3週間前はいっぱいで停められなかった。
敷地の外周からこんな感じだった! 明らかに今のほうが見頃じゃないか!
「花摘み等禁止 植栽帯立入禁止」
同行者がいないとスマホカメラのシャッターをタップする指が止まらなくなる傾向がある。公園敷地北側の一般道を東から西に向かって、すなわち駐車場がある表口から裏口に向かって歩きながら、写真を撮っていった。
カシワバアジサイは他の品種に比べて開花時期が早いと見えて、花じまいの模様だった。
東西の通りを左に折れて、敷地西側の南北の通りを南下している。
公園の西口にたどり着いた。性海寺の山門のある東口を表とすると、こちらは裏口である。
西口から公園に入ったとっつきに、大塚古墳という古墳の階段があった。
なぜか一方通行になっていて、こちらは下りる専用だった。
古墳のふもとの通路を歩く。木の幹に掛かっている札には「シラカシ」と書いてある。
通路の反対側の花壇には、アジサイの品種名を記した札があった。これらの札は敷地外周からは見えなかった。
だが札と株の対応が、イマイチよくわからないぞ。「ブルーダイヤモンド」。
「オクタマコアジサイ」。写真と同じような花が見当たらないが、終わっちゃってるのかな?
「カメレオン」。花が見当たらない。
ひときわ大きな「アナベル」の植え込み。生長に応じて色が変化する品種だそうだ。
6月3日付拙記事 に貼った写真は黄緑色だったが、今は真っ白だ。
アナベル種の植え込みを背にすると、大塚古墳への上り階段が目の前にある。
上ってみた。古墳の頂上は何もないスペースだった。
何もないってことはないか。これが下り専用階段。
上ってきた階段には「下り禁止 降りる際は、南側の階段をご利用ください。」という立て札があった。
古墳の頂から西の方向を見たところ。性海寺の墓地が見える。
東やや南方向の樹木の切れ目からは、性海寺の境内が見えた。
さっきの「下り禁止」の立て札が北方、この下りの階段は南方にある。
階段を下りて、西口を背にしたあたりに戻ってきた。
公園内部に戻って、今度は敷地内を西から東へと移動した。
相変わらず品種名の札と実物の対応がよくわからない。
これは「花火」で合ってるのだろうか?
「ガクアジサイ」って品種名だっけ?
とまあしょうもない突っ込みを入れながら見ていたが、これだけの量と質のアジサイを維持・管理して開花させてくれている公園スタッフの方々の尽力に、真っ先に思いを致し感謝すべきに違いない。
「COP10記念植樹」
公園スタッフの尽力に感謝すべきと言いつつ、またしてもしょうもない突っ込みを入れたくなった品種札。
「紅」。写真と同じ花が見当たらないぞ?
またも「紅」。赤い花はどこだ?
写りが悪いがテプラで「紅(くれない)」と貼ってある。
く~れない~に染まった~ こ~の俺を~ な~ぐさめる奴は~ も~おい~な~い~♪
敷地突き当りを折れ、東口すなわち出口に向かう。
「花吹雪」。またしても写真と実物が違う。
「青海(オウミ)」。またしても花がない。
しつこいですねすみません。「望月」。
「城ヶ崎」。
「伊予の薄墨」。
「ありがとう」。
スポンサーリンク
性海寺本堂にご挨拶の参拝。実はこの時、激しい通り雨に襲われた。しょうもない突っ込みばかりしたバチが当たったのかも知れない。
愛染明王堂と多宝塔。
山門から退出した。前回6月3日に来たときには山門左側の駐車場から侵入したので、この説明書きの写真は撮っていなかった。
OCRにて文字起こし。改行位置、変更しています。以下同じ。
稲沢市指定文化財
山門 一棟 江戸時代(十七世紀)
主柱間寸尺一一・七尺程の薬医門、主柱円柱は唐居敷上に立ち、後方桁の直下に面取方形の控柱がたち、主柱との間に腰貫と飛貫を通す。主柱間中央冠木長押上に蟇股が置かれ、その上の斗によって実肘木が咬まれ棟木を支える。
裹桟つきの板戸は唐居敷と冠木長押間につられる。
軒二間、疎水木、木舞入りで本格的な仕事がみられる。
昭和五十年四月一日 指定
建築用語が頻出して一般人にはわかりにくくないですか?
山門の左側は指定文化財の一覧だった。文字起こしは省略する。
すこし下がったところ、本来正門から入るなら手前に立っていた案内板。
大塚山 性海寺 真言宗智山派
弘仁年間(九世紀初頭)空海が熱田参詣の途上創建したと伝える。建長年間(一三世紀中頃)良敏が多宝塔などを建立し再興した。弘安三年(一二八〇)には、蒙古再襲来に備えて、中興第二世浄胤が勅願により異賊調伏の祈祷を行っている。江戸時代には、尾張藩初代徳川義直をはじめ代々の藩主より寺領を寄進された。
稲沢市教育委員会
正門の真向かいにあった露店。
正門を出て駐車場に戻る途中にあった駐輪場。
6月3日付拙記事 に貼ったのと同じ内容だったので、文字起こしは省略。
公園敷地東側の路上からも、たくさんの花を見ることができた。
スポンサーリンク