週末の半日ほどを費やして、勝手にやってるお百度参りのシリーズです。とは言え先週は、天候があまりに悪くパスせざるを得ませんでした。
ルールがあるわけじゃないので、優柔不断に対応しています、と開き直り。
ここ何度かは、『般若心経』、『観音経』、『正信偈』、『阿弥陀経』が中途半端に暗唱できることをマクラに書いている。
『正信偈』に関しては、うちの実家周辺だと、大人はだいたいみな暗唱できるのだ。いや、そう断言すると「俺はできねーぞ!」という反論(?)が多数寄せられるかもだが。
北陸から東海にかけては、浄土真宗がやたらと強い地域の一つである。在家の勤行用として『正信偈』の読誦が勧められており、古い家だと今でも毎日読んでいる。
ただし暗唱できるほど読んでいたとしても、読経するときは経本を手にするのが正式な作法というのは、どこの宗派でも共通である。真宗の家庭には、薄い経本が来客の分まで含めて十何冊かストックされていることがある。
会社員時代に、同僚の家で不幸があり通夜に呼ばれたことがあった。人数があつまると、ごく自然に『正信偈』の読誦が始まった。関東出身の別の同僚が同席しており、「なんだこれは?」とぎょっとした顔をしたのが、今でも記憶に残っている。この同僚の実家は、かなり意識的な無宗教の家庭だったそうだ。
地域ごとの宗派の色分けは、ちょっと移動するとガラリと変わってしまうのが面白い。愛知はだいたい真宗王国だったはずだが、静岡東部や山梨は、身延山に近いこともあって、日蓮宗が強くなるんじゃなかったかな。寺院の墓地をチラ見しているだけでも、真宗では立てない塔婆が一気に出現したりする。
他の地方はというと、例えば中国地方は、広島では「安芸門徒」という言葉があるほど真宗が強かったはずだ。戦国時代に、毛利家が織田家を敵に回して石山本願寺と同盟していた関係らしい。いっぽう隣の岡山は、日蓮宗が強かったはず。確認のためウィキペったら、「日蓮宗不受不施派」という一派の寺院が軒並み岡山県内だった。このへんは実感ではなく文字の上の知識にすぎないが。
宗派のマップがないかと以前から探しているが、都道府県単位のおおざっぱな物こそ見つかれ、体感に近いような詳細なものは、あるのかも知れないがなかなか見つからない。もしものすごくヒマがあればだが、Yahoo 電話帳か何かを頼りに地図上にドットをプロットして自作してみようかと思ったこともないわけではなかったが、手間を想像しただけでゾッとしてしまった。
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ともあれ今回のお百度写真を。
スタートは今回も「戦人塚」から。
電柱の向こうの建物は、確か「仙人塚マンション」という名称の集合住宅だったはず。
戦人塚の石柱。『正信偈』は読まなかった。
神明社の拝殿を、隣接する郊外型店舗の駐車場から。
神明社の門柱と鳥居。
拝殿。
ここ何日かは、天気はイマイチよくなかったが蒸し暑い日が続いた。まるで梅雨のような気候だった。
TVの天気予報によると、まるで梅雨前線のような前線が、日本列島の上に停滞していたそうだ。その前線の北側では、肌寒い気候だったようだ。ツイッターで東北在住の人がストーブに灯油を足したとツイートしているのを見かけた。
いっぽう前線南側のいくつかの地域では、気温が30℃を越えたというニュースも聞こえた。マドラーか何かで、まぜまぜできないものだろうか?
この日はうってかわって、風が強かったものの、気温は高くなくまたカラっとして過ごしやすかった。恰好のお百度参り日和だったと言えよう。なんだよお百度参り日和って?
たびたび書いている通り、経路を片道700mと延ばしてしまったなどの理由で、これまでに比べると回数は稼げない。それでも今回は半日で十五回こなした。トータル六十回。
今回は気まぐれで、半日経って光線の角度が変わった状態の写真も撮ってみた。冬場であれば、かなり薄暗くなっている時間帯のはずだ。
仙人塚マンション手前の電柱。
戦人塚の石柱。
駐車場からの神明社拝殿。
神明社鳥居。
神明社拝殿。
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