しいたげられたしいたけ

コロナ対策なおざりの河村たかし現名古屋市長は、隣街住人として落としてほしい。

「無財の七施」(カネがなくてもできる七種の布施)第七「房舎施」(寝るところを貸す)について

ベトナム人技能実習生たちの駆け込み寺こと大恩寺@埼玉県への「はてなー」さんたちによる支援プロジェクト「Let's大恩寺!」に、コタツ記事ならぬコタツエントリーを書きリンクを貼って勝手に応援しているシリーズです。前回はこちら。

www.watto.nagoya

 

あれからnoteには、次の記事が新規公開されました。

(追記:note の URL 変更に伴いリンク貼り換えています) 

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なんだかよくわからない新シリーズが始まっていました。 

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今回弊ブログで言及したいのは、次の記事です。

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在日ベトナム人には大恩寺さんがあるが、居場所を失くした日本人に「お寺に逃げ込むという発想」はあるのか? という問題提起をした記事でした。

 

とっさに次のようなブックマークコメントを投入しました。

「無財七施」(カネがなくてもできる七種の布施)の第七「房舎施」(寝るところを貸す)は、忘れてはいけないはずなのに忘れ去られているのか!? それを言ったらあとの六つの施も??

google:無財の七施」は仏教の概念の一つで、布施はもちろん功徳ですが、お金がなくても、あるいはお金を出したくなくても、できることはあるという教義です。

ちなみにあとの六つは、ぐぐってトップに表示された 天台宗 一隅を照らす運動 のサイトによると

  1. 眼施〔げんせ〕やさしい眼差しで人に接する
  2. 和顔悦色施〔わげんえつじきせ〕にこやかな顔で接する
  3. 言辞施〔ごんじせ〕やさしい言葉で接する
  4. 身施〔しんせ〕自分の身体でできることを奉仕する
  5. 心施〔しんせ〕他のために心をくばる
  6. 床座施〔しょうざせ〕席や場所を譲る

とのことでした。

しかし確認のためぐぐって出てきたサイトを読んでいて、自分の書いたことに疑問が生じました。天台宗、法華宗(日蓮宗)、曹洞宗、浄土宗…と、日本を代表する宗派のサイトが上位にずらりと並んだからです。

「無財の七施」も「房舎施」も、忘れ去られていると断じるのは早計にすぎたのではないか、と…

そもそも駆け込み寺という概念自体、この房舎施の実践として生まれたものかも知れないのです。

反省を込めて、反例として思い当たった二件、東京の日本駆け込み寺と、長野県の神宮寺について、少しだけ書いてみたいと思いました。

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google:お寺 シェルター」で検索すると、トップに表示されるのが「日本駆け込み寺」です。日本駆け込み寺については、朝日新聞が「(歌舞伎町・駆け込み寺をたどって:1)眠らない街で「一人を救う」」に始まる8回の連載記事をはじめ、継続的に取材しているようです。

ただし 連載6回目 によると代表の 玄秀盛 氏は比叡山で得度しており、また立正佼成会と協力関係を結んでいるそうですが、日本駆け込み寺は宗教法人ではなく公益社団法人ですから、お寺ではないと反論されるかも知れません。

ともあれ、実際に役に立つことはない方がいいのですが、こういう場所があることは知っておいて損はないように思えます。

在日韓国人二世で人材派遣業者として成功したもののHIV感染の疑いで暗転したという 玄 氏の前半生は、波乱万丈で物語のように興味深いです。連載4回目 に出てくる「絶対に帰らない」と言ってシェルターを訪れたものの「Wi-Fi がつながらない」という理由で宿泊を拒否したという耳の不自由な20代女性のような、印象的なエピソードが随所に現れます。

sitesearch.asahi.com

 

日本駆け込み寺に関する朝日新聞デジタルの記事は有料会員向けとはいえネットで読めますが、長野県の神宮寺に関するソースは主に書籍で、私は 上田紀行 氏『がんばれ仏教! (NHKブックス)』で知り、追って住職の 高橋卓志 氏自身の著書『寺よ、変われ (岩波新書)』を読みました。もし図書館などで見かける機会がありましたら、手に取ってみてください。

神宮寺は臨済宗妙心寺派に属する本物の寺院です。神宮寺の住職家に生まれた 高橋 氏は、家業を継ぐべく進学などキャリアを選択していたそうですが、妙心寺の管長に随行してニューギニアのビアク島という小さな島を訪れたことが転機になったそうです。

そこには、追い詰められて洞窟に立てこもった旧日本軍に対し、米軍がガソリンのドラム缶を次々と投下し機銃掃射と火炎放射器で攻撃した跡が、手つかずで残されていたといいます。

そのとき現地のガイドが私の足元を指しながら「タカハシさん、ホネ、ホネ」と叫んだ。私はその意味が理解できなかった。ホネ? 骨とは何だ? なんの骨だ?

 泥水に手を差し込んだとき、私は兵士の骨を探り当てていた。足の下には累々たる兵士たちの遺骨があった。その遺骨の上に私は立っていたのだ。

高橋卓志 『寺よ、変われ 』(岩波新書) P86

同行した遺族の嗚咽、号泣を背に受け、高橋氏はどうしても経を読むことができなくなったといいます。なおこのエピソードは、上田『がんばれ仏教!』にはP151~に載っています。

その後、高橋氏はタイを訪れたとき、風俗業で働いていてエイズを発症した28歳の女性が、バンコク北方の小都市の寺院に父親に連れてこられて棄てるように置き去りにされ、落命する場に立ち会ったりします(上掲書P91~92)。「駆け込み寺」どころではない「投げ込み寺」です。

神宮寺は現在、山門を24時間開放し、多数の相談者に対応しているそうです。相談内容は多岐にわたり、要約は容易ではありません(P125~)。またタイでは、HIVに感染した女性たちに作務衣を作ってもらって販売するNPOプロジェクトを立ち上げ、10年がかりで進めているそうです(P138)。 

他にも異例と言われるお寺の経理の情報公開、チェルノブイリをかかえるベラルーシとの交流、等々、八面六臂の活動には目を見張るばかりです。

がんばれ仏教! (NHKブックス)

がんばれ仏教! (NHKブックス)

  • 作者:上田 紀行
  • 発売日: 2004/06/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
寺よ、変われ (岩波新書)

寺よ、変われ (岩波新書)

  • 作者:高橋 卓志
  • 発売日: 2009/05/20
  • メディア: 新書
 

 たぶん「房舎施」を実践している寺院、シェルターとして機能している寺院は、調べれば数限りなくあるだろうと思います。

 

シェルターからは離れますが、房舎施に関連して別の話を思い出しました。

江戸時代の曹洞宗の高僧・桃水雲渓の詠んだ、こんな狂歌があります。

狭けれど*1宿を貸すぞや阿弥陀どの後生頼むと思しめすなよ 

桃水雲渓は「乞食桃水」の異名をとり、徹底的に質素な生活を送り社会の最下層の人々と交流したことで知られます。

その棲み家になにもないこをといぶかった知人*2が、せめてこれを掛けておけと大津絵の阿弥陀如来像を与えようとしたそうです。

桃水は初め断りましたが断り切れず、壁に掛ける際に絵の上に消し炭で書いたのが、この狂歌だったそうです。

私はこのエピソードを書籍で知りましたが、どの本だったかは失念しました。今、探しているのですが見つかっていません。

狂歌を全文検索すると、意外と多くのサイトがヒットします。解釈も「禅の立場からすれば、死後の世界は空ですから、極楽往生も望みません」とするサイトあり、「私達の心は狭いけれども、この私の心に阿弥陀仏は入って下される」とするサイトあり、人によりさまざまです。

その他の桃水のエピソードも、強烈なものが多いです。

 

仏教の教えは、目には見えにくくなっても形を変えて依然日本社会に地下水脈のように深く浸透しているのではないか、ということで。

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*1:「隘けれど」とも

*2:馬子とするサイトが多いです