前回の拙エントリー には多くのブックマークコメントを頂き感謝しています。ブコメ以外にも、コメントやツイッターへのリプを頂きました。ありがとうございます。
コメントのほうですが、北斗柄(id:hokuto-hei)さんから、やまとことばに単純語が少なく合成語が多いことに関して「やまとことばは人工的に作られた」という説があることをご紹介いただきました。
確かによく知られた人工言語であるエスペラントでは、合成語によって語彙を増やす(とともに学習しやすくする)という工夫がなされています。
ほんの一例として、大島義夫『エスペラント四週間』大学書林より。
a) 接頭辞(1) 語の頭につけてあたらしい意味の語をつくる。
1) mal- 正反対
nova あたらしい malnova ふるい
alta 高い malalta ひくい
bela うつくしい malbela みにくい
bona よい malbona わるい
sano 健康 malsano 病気
大島義夫『エスペラント四週間』P76 より
接頭辞リストは以降3ページにわたり、続いて合成語の作り方についての説明があります。
もちろん 北斗柄 さんも本気でそう主張されているわけではなく、ネタをネタとして楽しもうという立場のようです。
そういうことであれば、私もノってみようかな。
北斗柄 さんがもう一つ示された根拠は、やまとことばの固有数詞が、ひ - ふ、み - む、よ - や、と倍ごとに母音交替するという特徴でした。
私は金田一春彦『日本語 新版 上』(岩波新書) 経由で知りました。指摘されると気になる特徴で、拙過去記事のネタにしたこともありますが、さりとてもし「なんで?」と理由をさぐるとなると、研究の手がかりとなりそうなものが全く思いつかなくて途方に暮れます。
これに関連して、もし私が「やまとことば人工言語説」を主張するとしたら、動詞の五段活用が、やはり母音交替しかつあまりに整いすぎていることも根拠に挙げたい気がする。
書か(ない) 書き(ます) 書く 書く(とき) 書け(ば) 書け
というアレである。
活用自体は、他言語にもある。例えば google: 韓国語 活用 で検索して上位にヒットするこちらのサイトは、表が整理されていて見やすかった。
でも難しくないんですかコレ? 難しいと思うんですけど (´Д`;
日本語と古代韓国語の関係に関しては、連携機能でツイッターに流したツイートの方にもリプライでご指摘をいただいた。日本語と韓国語は、語順や漢語起源の語彙は似ているが…
日本語:私は学校へ行く
韓国語:나는 학교에 간다
ナヌン ハッキョエ カンダ
固有語はぜんぜん似ていないということが、よく言われる。
これもほんの一例として、2018年11月13日付拙記事 より数詞の表を一部再掲。
日本語 | 韓国語 | ||||
漢語 | 固有語 | 漢語 | 固有語 | ||
いち | ひとつ | 일 | イル | 하나 | ハナ |
に | ふたつ | 이 | イ | 둘 | ツゥル |
さん | みっつ | 삼 | サム | 셋 | セッ |
し | よっつ | 사 | サ | 넷 | ネッ |
ご | いつつ | 오 | オ | 다섯 | タソッ |
ろく | むっつ | 육 | ユク | 여섯 | ヨソッ |
しち | ななつ | 칠 | チル | 일곱 | イルゴプ |
はち | やっつ | 팔 | パル | 여덟 | ヨドル |
く | ここのつ | 구 | ク | 아홉 | アホプ |
つけ加えるべきは、動詞や形容詞の活用もまた、まったくと言っていいくらい別物であることだ。
確認のため検索してヒットしたサイトには「韓国語の勉強を始めると90%くらいの人が動詞・形容詞の活用のところでつまづ」くと書いてあるところもあった。
いや「活用がある」という点で似ているというべきかも知れないが。
強いて似ているところを探すなら、語幹が変化せず語尾だけが変化するという意味で、韓国語の活用は日本語の上一段活や下一段活用と似ていなくもない。
もしやまとことばが人工言語であるなら、デザイナーは母音交替にかなりのこだわりを持っていた人物と見える。
つか日本語に、五段活用と上一段活用・下一段活用という異質な活用が併存することも不思議だ。
やまとことばの設計者が古代朝鮮系の人物だったとしたら、上一段・下一段という語幹に母音交替が起きない活用を残したことはミスだったのか何らかの意図があったのか…とか何とか書こうとして、文語の上二段活用・下二段活用では一部母音交替が生じていることを思い出した。ダメやん(何が?
日本語の活用については、ざっと検索した範囲ではウィクショナリー日本語版の「付録:日本語の活用」が便利だった。
おお、下一段活用のところに
※くれる(呉れる)は、命令形が「くれ」のみとなる。
という但し書きがある。これ、昔うちのブログでもネタにしたことがあったんだった。
前回拙エントリー に書いた形容詞「いい」「うい」「すい」に未然形、連用形、仮定形がないか不自然というのもそうだが、活用のイレギュラーな用言に興味を示すのは、私の特異な性癖である。
動詞「好く」の終止形が「好く」ではなく「好き」ではないかと興味を抱いたことがある。もしそうなら文語のサ変に似た変格活用ではないかと。
好か(ない) 好き(ます) 好き? 好く(とき) 好け(ば) 好け
残念ながら「ボクハ・キミガ・スキ(ダ)」「ボクハ・キミガ・迷惑(ダ)」のような主語と補語につく助詞を比較すると、「好き」の正体は動詞ではなく形容動詞の語幹と解釈するのが正解っぽい。
好き(だろう) 好き(で) 好き(-/だ) 好き(な) 好き(なら)
迷惑(だろう) 迷惑(で) 迷惑(-/だ) 迷惑(な) 迷惑(なら)
どうでもいいけど酷い例文だな。
1990年代に入って「萌える」に「芽吹く」ではなく「大好きだ、興奮する」という意味が付加されるようになったとき、終止形として「萌え」が多用されたことにも興味を感じた。亜美ちゃん萌え~!
萌え(ない) 萌え(ます) 萌え? 萌える(とき) 萌えれ(ば) 萌え(ろ)
対義語の「萎え」(≒興醒めだ) もそうである。元来の意味なら「萌える」も「萎える」も何の変哲もない下一段活用だが。
萎え(ない) 萎え(ます) 萎え? 萎える(とき) 萎えれ(ば) 萎え(ろ)
他方「disる」「カプる」など何でも「- る」をつけて動詞にするのは、昔から行われていたとはいえ安易に感じられて好きではない。
「やまとことば人工言語説」に話を戻すと、ある謎を解くときあまりに突飛な仮説を置くと、かえってその仮説が多くの新たな謎を生むことがよくある。
別の方のブログで「生命宇宙起源説」というのを読んだことがある。もし生命が宇宙から来たのなら、宇宙でどうやって生命が生まれたかという無限後退を生じるように思うとブコメさせていただいた。
人工言語説を主張するとなると、「誰が、何の目的で作ったのか?」「どのようにそれを普及させたのか?」「人工言語が普及する前の言語はどんなもので、それはどうなったのか?」など新たな謎が次々と生まれ、かえって収拾がつかなくなりそうだ。
だがそれがいいとばかり、むしろ「やまとことばは人為的に作られたものだ」と強弁して反論を呼び込み、議論のための議論を楽しもうという立場もありそうだ。
そういうの、前にもネタにしたことあったなぁ。これとか。『邪馬台国はどこですか?』は結局未読のままである。
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