しいたげられたしいたけ

空気を読まない 他人に空気を読むことを求めない

岡崎城と三河武士のやかた家康館の「ヱヴァンゲリヲンと日本刀展」を見てきた(前編:家康館)

が…結論を先に書くと、あくまで個人の感想だけど「水と油」つか、調和が感じられないような、シナジーのようなものが発生しそこなっているように感じた。

だがどこがどうミスマッチなのか、言語化するのも容易でないように感じる。

 

私は歴史好きなほうだと思うが、専門的に学んだわけではない。自分の歴史の楽しみ方が、一般的なものかどうかもわからない。

入口はフィクションだっのだが、史実と創作を切り分けようと歴史家の手による一般向けの新書などを読むようになった。 当然フィクションとはぜんぜん違うわけで、どう違うかというと、まずなじみのない人名・地名が大量に出てくる。例えば織田信長関係だと、柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益なんてのは家臣団の頂点中の頂点であって、ぱっと思い出したところでは谷口克広『織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで』(中公新書) だと、それこそ何百人という家臣や協力者の名前が出てくる。

そうすると、個々の記述は簡潔にならざるを得ない。そもそも歴史家が整理する前の一次資料は、たいがい無味乾燥なものだろう。そこへ物語的な味付けをするのは、作家の想像力である。そこにフィクションと現実の綱引きが生じ、素人レベルでもいろいろ考察して楽しめる余地が出てくると思う。弊ブログだと直近では新選組の 土方歳三沖田総司 をネタに、二記事ほど書いた。

短く言うと、スルメのように何度も反芻して味が出てくるのだ。

いっぽうアニメのほうは、戦闘とエロスのように最初から明確な味付けがなされている。ヱヴァンゲリヲンの場合は「謎謎詐欺」なんてのがあって一味違うには違うが、それはおいといて。そういうのがいけないと言いたいわけではない。食べ物に喩えるとケーキみたいなもので、スルメを一緒に食べたら合わないよね。

いや主催者側もそれは承知してなのか、さまざまな工夫を凝らしていそうなことは見て取れた。その件に関しては後述する。

 

三河武士のやかた家康館の「ヱヴァンゲリヲンと日本刀展」は8月27日で終わりなので、魚拓を採らせてもらった。

megalodon.jp

 

前回の記事に貼った広告塔を、反対側から撮ったもの。

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広告塔を背にして見た岡崎公園の入口は、前回と同じ写真を再掲しておこう。

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公園案内図。入口は右端に見える。

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門を入った所にあった「本多平八郎忠勝公」銅像。

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 本多忠勝像を左手に見て、突き当りが「三河武士のやかた家康館」である。

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「ヱヴァンゲリヲンと日本刀展」の幟がずらりと立っていた。

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家康館の南側つか向かって左側で、アトラクションをやっていた。

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グレート家康公「葵」武将隊 というらしい。名前はやたらと立派だが、やっていたのは「叩いてかぶってジャンケンポン」だった。

 

上の写真の左くらいにあった「しかみ像」。

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弊ブログ勝手に恒例文字起こし。改行位置変更しています。

しかみ像
  寄贈者 徳川宗家十八代当主
      徳川恒孝氏
  製作者 小林道明氏
 世に云うしかみ像『徳川家康三方ヶ原戦役画像』は、浜松の三方ヶ原で武田の大軍に無理な戦いを挑み、負け戦となり多くの家臣を失った家康が、自戒の念を忘れることのないように描かせたものと伝えられ、顔をしかめて苦渋の表情をあらわした珍しい肖像画です。このしかみ像は、かの画像を基にして製作された石像です。
 元亀三年(一五七二年)十月三日、二万七千の大軍を率いて甲府を出発した壮年 武田信玄は、遠江に侵入すると徳川方の城を次々に落とし、十二月には家康の居城である浜松城に迫りながら攻撃を行わず三方ヶ原に青年 家康を誘い出し大敗させ、家康最大の危機としました。命からがら城に逃げ帰った家康は、将としての冷静さを失った自分を大いに反省したのであります。
 自戒の像である「しかみ像」は、やがて戦乱の世を統一し、世界に冠たる平和国家を創り上げる礎になったと云われます。
平成十九年十一月十日

 

さらに南、天守閣の方向に向かって進むと、二の丸能楽堂というのがあった。

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どうしようかちょっと迷って、いつものごとく時計と相談して家康館まで引き返し入ってみることにした。この日の最終目的地だった春日井市図書館は、閉館午後8時だったので余裕がありそうだったのだ。

共通入場チケットをスキャンしたものを貼ってみよう。 

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特別展示室は別料金で200円とられた。

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ただし特別展示室はカメラ撮影OK、SNSアップOKとのことだった。

貼るぞ~!

まずは綾波レイと惣流・アスカ・ラングレーの等身大フィギュアが出迎えてくれた。

いや表記が「ヱヴァンゲリヲン」となっているから式波か? とヱヴァを知らない人には通じない話。

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ヱヴァのキャラクターをイメージした刀剣が展示されていた。順路に従って、まずは初号機。

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説明書きを文字起こし。撮影&アップはOKだけど、文字起こしはいいんだっけ? どっかから怒られたら消します。

初号機仕様 脇差〈序・破・急〉
種別・脇指
銘・赤松伸咲作之 有志事竟成(号紫電緑閃)

概説
細身の外見と深い紫色が印象的なこの脇指は、エヴァンゲリオン朷号機をイメージして作られました。戦国時代に流行した「右手指(めてざし)」という形式で作られています。普通の脇指と異なり、左腰ではなく右腰に、柄が背中側にくるよう装着して、組み伏せられた状況でも右手で後ろに引き抜き、覆いかぶさる敵を突くことを目的とした形状です。

刀身 刀匠 赤松伸咲
柄の形状は、ピストルのグリップを意識して、敢えて通常の日本刀とは逆の反りにしました、アラビア風のこの形状は、刃の曲がりに合わせて抜くことは出来ませんが、振るうときに力が乗りやすい形状です。ただ、茎(なかご)はあくまで日本刀の形状なので、柄と接する部分では苦労を強いられました。

彫刻・金具 装剣金工師 木下宗風
特殊な形状の作りなので、金具と鞘と柄の全体のバランスをとるのに舌労しました。
刀身の元から並ぶ3本の樋は、シンジとレイ、アスカを表現しています.レイとアスカは先で破邪の剣となり、もう1本の樋であらわしたシンジを補佐するイメージです。
裏は破邪顕正(邪なものを打ち破り、正義を実現することの意)の陰剣となっています。柄頭の「序」の彫りと、鞘の先、こじりの「急」の彫りと合わせ、「序・破・急」をあらわしました。

研ぎ 研師 中尾豊次
特殊な形状と、刃の鋭さを活かした研を施しました。
鞘・拵下地 鞘師 石崎三郎
微調整に次ぐ微調整を繰り返した中で生み出された形状で、職人同士の密接な連携と交流があって、はじめて出来上がったものだと思います。
鞆に収めて飾ったときのバランスを意識して、こじりと柄頭が平行になるよう調整してあります。

柄巻 柄巻師 橋本幸律
柄巻の材質は鹿革です。鹿の革は弾力があり、刃物などに対して伸びながら抵抗するため、丈夫な素材として知られています。
練金の溝模様を見て「明智拵」を思い出し、珍しい巷き方でしたが挑戦してみました。明智光秀の家臣、明智光春の差料にあったとされる柄巻です。

金具 白銀師 野口沙耶
全体の色合いが深いため、それに合わせ、燻し上げという手法で銀を黒く変色させて用いています。
柄頭とこじりは、彫りはお任せして台座を担当しましたが、普段やらない形状に苦労をしました。

特別展示室でないほうの別料金のいらない展示室では、日本刀の完成までの工程がパネル展示されていた。そちらはSNSアップOKかどうかわからなかったので、写真は公開しません。

刀づくりに携わる人たちは、 こうして人気アニメとコラボすることによって、認知度の向上を狙ったのだろうか。

説明書きを読みつつ、作品をちょっと接写してみよう。ガラス越しだったし光量少なかったから、スマホカメラの写りは決して良くないけど。

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2号機。

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2号機仕様 短刀〈式波・プラグスーツ〉
種別・短刀
銘・備前長船広康作 平成壬辰年春 片山重恒彫之(号 火火駒)

概説
式波・アスカ・ラングレーの乗り込む、エヴァンゲリオン2号機をイメージした短刀。
刀身彫刻師・片山重恒氏の手による「欄間透し」で、プラグスーツ姿のアスカを立体彫刻し、エントリープラグを表現している。柄頭、鯉口などにも日本刀の常識を飛び出した自由な発想が伺え、奔放なアスカの姿を想起させます。鎬の立ったシャープな朱鞘には、ネルフのマークが蒔絵で施してあります。

刀身 刀匠 安藤広康
装剣金工師の片山重恒氏と相談し、アスカの彫りに決まり、それに合う短刀をと言う事で、イメージしました。短刀の姿と刃文を、出来るだけ女性らしい柔らかい印象にして製作しました。

彫刻・金具 刀身彫刻師 片山重恒
当初、刀身にキャラ、というアイディアは無理だと思いました。周囲からも不可能の声が大きかったのですが、「逃げちやダメだ!」の精神で、ナイフなどで試し彫りを繰り返し、「アスカを彫る」を不可能から可能へと変えていきました。まずは櫃彫りで挑戦し、その出来に自信を得て、更に欄間透かしに挑戦し、この彫刻を仕上げるに至りました。逃げずに挑戦することの大切さを、ヱヴァンゲリヲンから学んだ思いです。

研ぎ 研師 福武審一
欄間透しの窓になっている部分は、柔らかく削れ易くなっているので、下手に研ぐと減ってしまいます。そこに気をつけながら研ぎ上げました。

鞘・拵 下地鞘師 石崎三郎
計画を聞いたときは若い職人さんの柔軟さに驚き、仕上がりを見たときには度肝を抜かれました。
鞘に描かれているNERVのマークは、塗師・岸野氏によるものです。黒漆を盛って立体的に描く「高蒔絵」の手法を用いています。

金具 白銀師 野口沙耶
鯉口の角度が斜めなので鎺(はばき)をそれに合わせて作らねばなりません。何度も修正し、刀の元へ通いながら微調整を繰り返すことになりました。

知らない単語が次々と出てくる。日本語なのに。

「鎬」〔しのぎ〕は刀身の小高くなった部分で、「しのぎを削る」(激しく争う)という慣用句でなじみがある。

「櫃彫り」〔ひつぼり?〕というのは、検索したけどヒットせず google:櫃内彫 がサジェストされた。刀身彫刻という意味らしい。

google:ハバキ は刀身の手元の部分に嵌める金具だそうだ。

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零号機。

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零号機仕様 脇指〈龍と槍〉
種別・脇指
銘・広康作 彫宗風(号 協心丸)

概説
エヴァンゲリオン零号機を日本刀に模した一振り。刀身の龍は、零号機が武器として使用した「口ンギヌスの槍」に巻きつき、身を挺して初号機を守った精神は「戮力協心」の四宇で刀身に刻まれています。機体カラーの山吹色を鞘と柄のベースカラーとし、装具一つーつも細部まで零号機を想起させる作りとなっています。

刀身 刀匠 安藤広康
ロンギヌスの槍に龍が巻つくと言う、現代と伝統のコラボを強調したいと考えました。刀身の全面に彫りが描かれるため、刃文をおとなしく抑え、全体的に彫りを際立てる刀身を心がけました。

彫刻 装剣金工師 木下宗風
ヱヴァと日本刀。どちらも日本の生み出した文化という点では同じものだと気付き、伝統文化の技術と掟をふまえつつ刀身と拵全体をヱヴァングリヲン尽くしにしようと試みたのがこの脇指です。
刀身の倶利伽羅龍は、本来不動明王の降魔の剣に巻きつく使いの龍で、綾波レイの内面を神龍に具現化したイメージです。鐔の亀甲紋様は古来から使われる意匠ですが、ネルフのエマージェンシーランプも同じ形です。目貫の矢絣は零号機の装甲から、縁の変わり矢絣は零号機のESVシールドからの発想です。柄頭はズバリ零号機の頭部。差し込んで付ける小柄は、エントリープラグのデザインにしました。

柄巻 柄巻師 橋本幸律
日本刀には渋めの色使いが多いのですが、これは現代風の明るい色使いで、鞘の華やかさとのバランスを考え、白と山吹色の縞模様にしてみました。まず鞘に使う漆の色を知るため、塗師の岸野氏に試し塗りをした素材を送っていただき、組紐の色を定めました。
素材は正絹。天然ものの絹糸です。

塗り 塗師 岸野輝仁
この山吹色は刀の鞘ではなじみがあまりない色なので顔料の組み合わせに苦労しました。

鞘・拵下地 鞘師 石崎三郎
普段使われない色で塗られる部分だけに、柄巻の色を生かし、山吹色を生かす下地作りを意識して心がけました。

google:戮力協心 も知らね~! 「りくりょくきょうしん」と読み、一致協力して任務に当たることだそうだ。へぇ。

少なくとも私は、一本の刀剣を完成させるのに、これだけ多くの専門職人さんたちが関わっていることを知りませんでした。認識を改めました。

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こんな調子で、他にヱヴァの登場人物である真希波・マリ・イラストリアスや渚カヲルをイメージして作成された刀剣も展示されていた。いちお写真とOCR文字起こししたデータはあるけど、長くなるんで…見たいですか?

 

で、悪いんだけど私が想起したのは、かつて殺陣のBGMのパターンのように考えられていた三味線曲の替え歌「むかし侍さんは 本気になって チャンバラした 今じゃ女が 芝居でチャンチャンバラバラ」というものだった。

ネット検索は便利だ。替え歌の歌詞で検索すると、元の曲が出てきた。「千鳥合方」というらしい。若い人に「ああ、あれか」と思ってもらえるかどうかは、わからない。

www.youtube.com

「今じゃ女が…」というあたりに、現代の感覚ではPC的アラートが頭の中に鳴り響く。あまり弁解にならない弁解を書いておくと、戦後の一時期「女剣劇」というのが流行ったのだそうだ。浅香光代 さんがその道のスターだったことは、辛うじて知識としてのみ知っている。

歴史とフィクションが別物であること、また歴史とフィクションを混同してはいけないことに関して、大衆は昔から案外自覚的だったのではないかと思った。

 

海洋堂とコラボしたフィギュアコーナー。展示室前廊下の突き当りにあった。

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特別展示室以外についても少しくらいは書いておきたいが、文字起こしの分量が意外に多く長くなってしまったので、ごくあっさりと。

家康館1F展示室はこちらも企画展で、前述の日本刀の工程パネル展示のほか、ヱヴァとコラボした新作と、参考展示として備前長船(正確には「備洲長舩勝光」というらしい)や和泉守兼定(正確には和泉守藤原兼●」●はうかんむりに之で、いわゆる「之定」)が同じ展示室に並んでいたりした。なにそれすごい!?

地下は常設展で、鎌倉&室町幕府と岡崎人脈の関りから始まって、十四松平とも十八松平とも言われる三河松平一族の系譜、徳川家康の生い立ち、関ヶ原の合戦のジオラマ(ところどころ床が反転して、陣形を示す人形の位置が入れ替わったりする)、徳川十六将と称される家康の家臣団、などなど。

多くはパネル展示だったが、入場者が太刀や長槍、火縄銃などの模型を手に取って重さを体感できるコーナーもあった。

公式HPあるからリンク貼った方がいいかな? 

地階展示|三河武士のやかた家康館|特集|岡崎公園|岡崎おでかけナビ - 岡崎市観光協会公式サイト

 

家康館を出て天守閣に向かう。眺めのいいところに、少年期と晩年の家康をイメージした石像があった。

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天下人家康公 出世ベンチ
 徳川家康公はここ岡崎城で生まれ、幾多の困難を乗り越え、天下統一を果たしました。
 このベンチは「石都岡崎」と呼ばれる岡崎の優秀な石職人の技術と、地元産の良質な御影石を使い、造り上げられています。
 家康公とこのベンチに座り天下人を生んだ岡崎の魂を感じてください。
 平成二十四年二月

魂が感じられるかどうかは知らないが、記念撮影にはよさそう。

 

当初、一気にアップするつもりで書き始めたのですが、長くなったのでここまでを前編とし、天守閣は後編としてアップすることにします。

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