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鈴鹿大学裁判第1回期日の傍聴後、津地裁から近かった津観音寺まで散策&参詣

11月28日付拙記事にメールマガジン転載の形で紹介した鈴鹿大学裁判の第1回期日の傍聴に、津地方裁判所に行った。私の加入する地域労組が原告側を全面支援し、また私も個人的立場から原告側を全力応援している訴訟である。

www.watto.nagoya

追記:

この拙記事は google:鈴鹿大学裁判 で検索すると比較的上位にヒットするにも関わらず、裁判そのものの情報は豊富に含まれているとは言えません。

よって原告支援団体が公開しているHPへのリンクを貼ります。裁判に関心を持って検索された方は、こちらのサイトをご参照願います。

sites.google.com

追記おわり

 

裁判の内容は追って原告支援団体からメルマガなどにより発表があるので、それを転載拡散する形で紹介することになるだろう。裁判戦略上、個々人が先走って勝手なことを書くべきではなかろうから。

今回のエントリーは提訴時の8月30日付拙記事と同じように、津地裁近辺のただの散策記事にする。

裁判の内容には触れないと言いながら、第2回公判は来年3月と告げられたことだけは書いておきたい。提訴が8月末、1回目12月、2回目が3月か…知ってはいたけど、裁判はたいへん時間がかかる。それだけでなくお金も、精神的なエネルギーも大変かかる。

www.watto.nagoya

 

8月30日付拙記事との違いは、8月の方は津地裁までの往路だったが、今回は傍聴後の帰途である。マップで調べると津観音寺という名刹が近くにあり、大門町など周辺の地名の由来にもなっているようだった。そこまで行ってみた。

津地裁。プレハブの仮庁舎だ。

 

東隣に新庁舎が建設中だった。

 

津地裁から津観音に移動するには、たいへん広い国道23号線を横切る必要があった。

その国道23号線沿いに立っていた 明石家さんま 氏に似た人形を乗せた広告塔。なんだこれ?

 

これも謎のサーファーねーちゃん銅像。説明書きが見当たらなかった。

 

ここが大門大通りかな。奥に津観音。「いちご大福」の看板が目を引いた。

 

楽器店のショーウィンドウにミッフィーちゃんがいた。

 

大門。右側の石柱には恵日山観音寺と、左側の小さい石柱には別格本山大宝院と刻まれている。

タクシーがどいてくれなかった。

 

仕方がないからタクシーを避けて接近。仁王像があった。

弊ブログ勝手に恒例、文字起こし。改行位置、変更しています。ルビある場合は省略します。以下同じ。

 撫で石
この『撫で石』は弘法大師ゆかりの霊場、四国八十八ヶ所の中で最も難所といわれる第六十番札所『横峰寺』より津観音に齎された石です。
この石を撫でたその手で、身体の悪い所を擦ると、その箇所が良くなると伝えられています。
病気の人も、健康な人も日々の幸せを仏様に感謝し無病息災と平安無事を祈って、この石を撫で、観音様のご利益を少しでも分けていただきましょう。

触れた後は手指の消毒をお願いします
消毒液は本堂に設置しております

今回は案内書きのフォントとOCRの相性がよく、修正が少なくて楽だった。

 

だが大門左側の文化財一覧は、文字数が多く段組みも複雑だったので、文字起こしは見送った。

 

本堂。本尊の聖観音菩薩立像を遠目に拝観することができた。ちゃんとお参りしました。

 

左に見切れてしまったが天水鉢、それから阿弥陀如来立像、おそらく弘法大師像、そして「花の精霊」と刻まれた石碑。

 天水鉢一対
江戸の釘鐡銅物問屋四十店が、嘉永六年(一八五三)六月に江戸深川の鋳物師、太田六右衛門と田中吉右衛門に一鉢ずつ造らせ大宝院に寄進した。
正面中心に「江戸 釘鐡銅物問屋中」とあり、向かって右側には菊紋と十人の店主名、左側には五七桐紋と十人の店主名、裏面には鋳造した鋳物師名も記されている。
  安濃津ガイド会
  津観光ガイドネット

 

銅造阿弥陀如来立像(津市指定文化財)
江戸時代の明暦四年(一六五八)津の鋳物師、辻越後守重種が国府阿弥陀如来像を手本に模鋳。
辻家が梵鐘や燈籠などのように型の決まったものだけでなく、芸術性の高い彫刻にも力量を持っていたことがうかがえる。
昭和二十年の戦災で首が折れたが、元どおりに修復され石の台座の上にたてられた。
  安濃津ガイド会
  津観光ガイドネット

弘法大師像と「花の精霊」の石碑には、説明書きが見当たらなかった。よく探さなかったからかもだが。

 

本堂右側(東側)にあった津観音資料館。入口に鍵がかかっていて入れなかった。

 

本堂の左側(西側)に、大きな地蔵菩薩坐像があった。

地蔵菩薩坐像(延命地蔵)
頭部は、藤堂高虎が朝鮮より持ち帰ったと伝わり、大宝院に安置されたという。
江戸時代の安永年間(一七七二~八十)奥山金吾が胴体を鋳造したが、明治時代に暴風で倒れた老松により大破。大正時代にその破片を修理結合してこの場に安置した。
昭和二十年の戦災で右肩上部に焼夷弾をうけ、今もその痕跡が残る。
  安濃津ガイド会
  津観光ガイドネット

 

護摩堂。内部には弘法大師坐像があった。

情報が多い説明書きがあった。「護摩(ごま)とは」の部分だけ文字起こし。「護摩木の書き方」と「護摩の種類」は失礼して省略する。

 護摩(ごま)とは
サンスクリット語(古代インド言語)の「ホーマ」を音写したもので、「物を焼く」という意味があります。弘法大師空海により日本に伝えられた真言密教の秘法で、様々な供物と共に護摩木(お願い事の書かれたお札)を燃やすことで、願い事を煙に変え、仏様の住まう浄土に送り届け、願いを叶えてもらおうと考え出されました。

 

五重塔。2001(H13)年建立とのこと。新しいやん!

「五重塔の内部を見てみよう!!」のURLはリンクを貼っちゃえ。見れるかな?

https://goo.gl/maps/B1FqHJqmDuB2

 

こちらも文字起こしは一部省略した。

五重塔は、古代インドにおいて仏舎利(釈迦の遺骨)を祀るため、紀元前3世紀頃から造られた大きなお墓、仏塔(ストゥーパ)に起源があります。仏教が中国に伝わると、ストゥーパ=卒塔婆(そとば)と音写され、塔婆となり、さらに略されて塔となりました。塔は仏様をあらわす象徴であり、外から拝むだけで功徳が在るといわれます。日本では主に、五重・三重・多宝(二重)塔があり、中国では九重塔、十三重塔などの多層塔も現存しています。材質は、木造のほか、石、瓦、鉄製の塔もあり、近代以降は鉄筋コンクリート造の塔もあります。

 五重塔と地震
日本の五重塔が地震によって倒壊した記録は残っておらず地震に強い建物といわれています。理由は「柔構造」(釘やネジは使わずに木組のみで作られている)のため、接合部で揺れを吸収できる。「心柱」が振子の役割を果たし、更に塔本体と牽制し合うことで、揺れを打消し合っているなど、さまざまな説があります。これ等は「耐震」ではなく「制振」という構造で、近年の高層建築物「東京スカイツリー」や「あべのハルカス」にも使われている技術です。

 

ふたたび本堂右側(東側)。資料館の手前に鳥居があった。

立札によると火守神で猿田彦神社、秋葉神社、阿多古神社だそうだ。

東海地方の神社仏閣は、神仏分離がわりと緩いところが多いように思う。

 

神社の右側(南側)、鳥居越しに見える石碑。

これはさすがにOCRにかからなかったので、手打ちした。

 清雲院於奈津の方顕彰碑
於奈津の方は徳川家康の側室にして女傑の誉高く後に家康側近六人衆の一人に数えられた元和二年四月の家康薨後髪を下して法号を清雲院心誉光質と称した津商人の江戸進出については大いに力を添え又郷土西来寺の中門客殿の建設にも財を投じた尚当観音寺の元和三年梵鐘鋳造に当って其施主として長野内蔵允存秀と共に其名を連ねている其没年は万治三年九月で八十歳の天寿を全うした郷土出身の女傑として永く其遺芳を顕彰する為に此碑を建設する

句読点なかった

 

神社の左側(北側)には、小津安二郎の記念碑があった。

 小津安二郎(一九〇三~六三)は「世界のOZU」として評価の高い映画監督である。
 母方は代々旧一志郡竹原村の名家で、祖母津志は津観音近くに嫁ぎ、母あさゑは松阪の小津寅之助と結婚した。安二郎は若き日の十年間、三重県で成長したが、
竹で監督に昇進したの竺九二七(昭和二)年、その九月に、久居(現・津市)の陸軍歩兵第三十三連隊へ短期入隊する。母の実家の祖母宅にも泊まり、ご馳走を喜び、庭のたたずまいに憩いのひと時を過ごした。
 入隊する朝の祖母とのやりとり、そのあと久居へ向かう「軽便」鉄道から見た彼岸花に強い印象を受け、方言まじりの句を添えた手紙を、中学時代の友人置塩高と吉田與藏に送っている。碑文はそれを収めた『小津安二郎君の手紙』から抜粋した。
 カラー作品『彼岸花』(一九五八)について、「小津安二郎の芸術』の著者佐藤忠男は「こんな遠い記憶に根ざしたものである」と評している。
 小津と津のゆかりの証として、またふ津映画を永く顕彰するため、有志が力を合わせ建立した。

 

小津安二郎記念碑
おばあさんが津の宿屋町に住んでいる
朝早く僕はおばあさんの前に久振りに
両手をついて殊の外真面目に云った
――行ってまいります。
おばあさんは笑いながら
――またおいなされ、
僕はなんだか悲しくなった。
 おいなされ又このつぎに彼岸草
   小津安二郎

 

記念碑の裏手に、鮮やかに咲き始めていたサザンカを貼って、今回の締めにしよう。

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