💙💛しいたげられたしいたけ

нет войне! NO WAR! 戦争反対!

《ロシアのウクライナ侵略に抗議します》スタンディング&キャンドルナイト@栄ヒサヤオオドオリパーク

前回のスタンディングへの参加記事はこちら。

www.watto.nagoya

あれから服部・原田編著『ウクライナを知るための65章』(明石書店) という本を読んでいる。

まずはウクライナという国のことを少しでも多く知るべきだと思ったのだが、膨大な未知の人名、地名、事象の数々に圧倒され、遅々として進まない。率直に告白すると、知らないことばかりだった。それでも約400ページの1/3ほどは読んだだろうか。

 

時間をかけて読んでいるうちに、局所的ではあるがすでに持っていたいくばくかの知識とつながって、理解が深まったように感じることがある。

一例だがウクライナ全25州のうちの1つ、西部のザカルパッチャ州について。旅行のとも、ZenTech さんの州区分地図がわかりやすかったのでお借りします。この地図中に「6」で示されている。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/w/watto/20220516/20220516143049.gif

ウクライナ州区分地図 - 旅行のとも、ZenTech より

高校の世界史教科書などで第一次世界大戦後と第二次大戦後のヨーロッパ地図を比較すると、東西に細長いチェコスロバキア共和国(現在はチェコ共和国とスロバキア共和国)の東端が、第二次大戦後に(失礼な喩えだが)しっぽを切りとられるように短くなることが目を引く。

その地域がザカルパッチャ州である。世界地図だから小さく見えるだけで、広大な面積と多くの人口を擁している。

第二次大戦末期に北方領土のように力ずくで旧ソ連に併合されたのか、などと安易な想像をしていたら、ぜんぜん違った!

 

『ウクライナを知るための65章』第7章「多様で錯綜した西ウクライナ」によると…

ザカルパッチャは11世紀から13世紀にかけてハンガリーに征服され、やがてハンガリーとともにハプスブルク領となった。16世紀ハンガリーの一部とともにオスマン帝国に征服されたが、17世紀、ハプスブルク領に復帰した。

上掲書 P48 より

ZenTech さんの地図には国名が示されていないが、西隣ポーランドの南にスロバキアがあり、さらにその南にハンガリーがある。

チェコスロバキアよりハンガリーとの因縁が深かったのか。

ハプスブルクが、婚姻によりハンガリーとスペインを領有したことがきっかけでヨーロッパの覇者となり「戦争は他家に任せておけ。 幸いなオーストリアよ、汝は結婚せよ」という家訓を残したことは有名である。だがかの家系がスペインを早々に手放した一方、ハンガリーは彼らの帝国が滅亡するまで保持したことは留意が必要だと思う。ハンガリー盆地は広大かつ肥沃ゆえ古くから発展した地で、そこを領した国は強勢だったのだ。

 

 ザカルパッチャは、戦間期にはチェコスロヴァキアに帰属することを選んだが、建国者トーマシュ・マサリクが約束した邦自治を獲得できたのは、ほぼ20年後、ナチスドイツによるチェコスロヴァキア解体過程においてであった。チェコスロヴァキアが解体されたとき、ザカルパッチャは、カルパート・ウクライナの建国を宣言したが、すぐにナチス・ドイツと同盟したハンガリーに征服された。

上掲書 P49

それに続く2ページほどは、個人的な興味から全文を引用したいくらいだがそうもいくまい。大戦後に併合したこの地域を、地政学的な重要さもあいまって旧ソ連は優遇したという。例えばこの地域のロシア語に次ぐ第2言語はハンガリー語だが、幼稚園から大学、就職までハンガリー語の知識だけでこなせるコースを提供したという。また人口規模にやや分不相応な総合大学を設置したりもしたという。

独立後のウクライナには、旧ソ連がロシア語とハンガリー語をベースとした教育を提供したようにウクライナ語とハンガリー語をベースとする教育を提供することは、国力からして不可能だそうで、ウクライナ政府はハンガリー系住民にそうした事情を「必死で説得」(P50)しているそうだ。

 

上掲書第7章にはザカルパッチャだけでなく、リヴィウ州(州区分地図12)、イヴァノフランキフスク州(8)、テルノービリ州(18)からなるハリチナー地域、チェルニフツィ州(23)からなるブコヴィナ地域についても記述されている。ハリチナーはポーランドとの歴史的関係が深く、ブコヴィナはモルドバとの関係が深いという。

 

大陸に分布する民族、言語、文化には、グラデーションが存在する。国境線は、その上に人為的に引かれたものである。そうした現実をどのように理解したらいいのか、私には確信めいたものがまだない。

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今回も デモ・抗議開催情報まとめ@WIKI さん経由で。

 

17:30~ スタンディング。

 

いつも断って撮らせてもらっているプラカード。今回はなぜか縦長ばかり集まった。

 

18:00~キャンドルナイト。キャンドルは電池式だった。

カップにフエルトペンでメッセージを記入してくれと言われたので、

нет войне! NO WAR! 戦争反対!

と書いた。

 

18:30まで点灯した。まだ明るかったので、見栄えはいま一つだったかも知れない。あくまで個人の感想です。

 

主催者によると、参加者は約70名とのことだった。

スピーチの一部は、今回も主催団体の Peace For Ukraine @Ukraine_niheiwa さんと…

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愛知県平和委員会 @aichi_peace さんのツイートにより視聴が可能です。

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